高橋綾(2008)「対話における哲学的思考の学習 : クリティカルシンキングとエンゲストロームの学習論より」『臨床哲学(大阪大学)』9,39-59
- 授業構成1
- クリティカルシンキングの導入:手続きの紹介と一問一答式の問題を導入として用いる
- 対話のなかで思考や判断を吟味する:ソクラテスの対話ゲームという三人一組の対話型のロールプレイゲームを行い,その報告や,哲学的に議論するためには何が必要かについて振り返りを行った。
- 自分たちで問いを作り,全体で議論をする
- 実践の結果
- 思考や議論の「技術」だけを先に取り出して教えてもうまく機能しない
- 議論のために適切な問いを立てることは,よほど実践を経た者でなければ容易ではない
- 講師の積極的介入が重要
- 授業構成2:「基礎」的技術を先に教えて「実践」に移るという単線的二段階方式をやめる。実際に議論をしつつ,自分たちの行った議論を評価し反省するメタレベルの議論を複線的に行う。
- テーマについて,少人数のグループで議論をし,それを全体に発表してもらうとともに,全員で自分たちが行った議論についての評価と反省を行う。
- 講師が進行役をして,議論のなかで問いをつくり,それについて全員・グループで議論する。
- 実践の結果
- 内容についての対話(コンテントダイアローグ)と対話についての対話(メタダイアローグ)を並行して行うことは難しい。
- 介入の難しさ(上からの介入への反発とうまくいかないことへの介入要求)
- 批判的思考=観察とコミュニケーション,情報と論証についての,能動的で創造的な,解釈と評価の技術と態度である(Fisher and Scriven)。
- この定義に基づくCTに必要な技術:(1)観察や情報,証拠の正当性を判断すること,(2)論理構造を見出すこと,論拠と結論はそれぞれなにか,どのような手順でそれが導き出されているのかを確定し,吟味すること。→ 過去志向的
- 従来の問題:知識や技術と実践を切り離して考え,実践とは先に習得された知識や技術が適用される場にすぎないという二分法。
- エンゲストロームは知識・技術と応用・実践という従来の教育(教授者中心)の二分法をとらない。「どう教えるか」ではなく,学習者が具体的な状況のなかで何を手がかりにして自らの学習を進めていくのかに着目し,「どうすれば学習者の学習プロセスの形成を手助けできるか」を考える。
- さらに,学習のプロセスを単線的で加算的なものとして描くのではなく,動的で垂直的な階層的発展として描くことにある。この学習プロセスの階層的発展にとって最も重要なことは,知識や技能が加算的に増えていくことではなく,「学習者の主体性が増大すること」である。
- このプロセスに至る3段階
- 実践に参加する学習者が,手本に盲目的に従い,熟達者の実践を模倣するのみ。
- 自分が無意識に行っていた操作が、ある課題や状況に取り組む一つの「方法」であることを認識し,操作の反復・遂行から,ひとつの「方法」として成功しているか失敗しているかを評価し,方法を適用するのに適切な場面を選ぶことができるようになる。(セルフモニタリング)
- 自分の学習が置かれてい る文脈やその目標そのものについての反省とその組み替えが起こる。学習者は提示された問題を解くのではなく,問題や課題そのものを自ら創造し,「この問題の意義と意味とは何か,私はなぜこれを解かなければならないのか」を問う。
- 哲学的思考の学習目標:「哲学的思考とは何か,それはどのように学ばれ,その学習は何を目指すのか?」という問いが,学習者によって「私たちにとって哲学的に考えるとはどういうことか?私たちはそれをどのように学ぶべきか?それによって私たちは何を目指しているのか?」という形で引き受けられ,継続して思考されていくこと。→ 「哲学することを教授することはできない」「哲学することを学ぶことはできる」
- 高校生のアンビバレントな態度は,学習と変容のための起爆剤となる。