本論文は、オークランド大学の3人の教員が自大学の一般教育のシラバスを読んで、その特徴を記述するという分析を行った記録である。結論としては、オークランド大学の一般教育シラバスは、学生の学習支援シラバスとしてはやや不十分であるということを述べるが、それよりもシラバスが学習者主体の学習を進める道具であるという点に注目した解説が興味深い。
今日の大学のおけるシラバスの役割には3つある。(1)事務的書類、(2)授業開発、(3)学生との人間関係構築、といった役割である。
1点目については、さらに3つの側面がある。シラバスは(1)授業に関して公的かつ明確に文書化された書類であり、(2)学生からの履修・単位認定等に関する問い合わせの際に回答の根拠となる資料であり、(3)授業担当者が変わった際に授業内容の同質性を維持するための連絡文書である。シラバスが学生と教員(大学)との契約文書と言われる背景は、こうした側面によるものである。
2点目について、シラバスの中心は授業計画である。教員にとってはシラバスをつくることは、授業全体を綿密に計画するまたとない機会であり、分析的な視点で振り返るべきである。また、シラバスには出席に関する考え方、学生に期待する学習成果、授業の受講上の規範などが書かれている文書であり、教員の授業に対する責任と考え方が現れている文書である。よって、定期的なシラバスの点検はカリキュラムと開講科目を評価する重要な手段になる。カリキュラム改革では授業の内容のみが問題にされがちであるが、シラバスの分析はカリキュラム改革の作業で一番始めに行う作業である。
3点目について、学生の教員に対する前向きな人間関係作りと授業に対する期待の維持は、初回の授業のシラバスと教員によるその説明の仕方で決まる。シラバスを丁寧に作って提示することは、クラスの暗黙の行動規範を決める上で重要であり、教員への信頼度を大きく左右する。
事例分析を通じて主張された点は、どのようなテストを行うかに関する説明が少ない、カリキュラム上の目標や科目区分の目標と授業の目標との関連(なぜこの授業を受ける必要があるかの説明)が書かれていない、学習内容と学術憲章との関連に関する記述が少ない、学生間の協力を通じた学習の内容など授業で得られる学習経験や学習プロセスに関する説明が少ない、授業計画がただのアウトラインで学生が学習するためのガイドになっていないというものである。学問分野別の比較等も示されているが、これらによれば日本の大学の現状と全く変わらず、米国だからシラバスが充実していると見るのは間違いだろう。
最後に、教員がどれだけシラバス作りに時間をかけられるかが、シラバスを学習のための支援書とするために決定的に重要であるという自明なまとめで終わる。しかし、比較的シラバスとは何かを先行研究に沿って整理して書かれた文章であるといえる。