カリキュラム=教育課程。91年の大綱化では、どれが専門科目でどれば一般教育科目かは各大学が裁量しなさいということになった。
教育課程には、正課活動と正課外活動が含まれる(初中等ではそう。)。しかし、大学設置基準では正課活動しか書かれていない。大学を変えるには、正課外を含めて大学のトータルな教育活動全体を変えるという発想が必要。
カリキュラムは、スコープ(広がり)とシーケンス(順次性)でとらえる。スコープは、その時代の文化・科学の総体から何を科目という形で選び出し、教育課程の中に設定するかということで、選ぶ側の主体性が問われる。シーケンスは、どういう順序で学習するかが一番いいかを考えること。
カリキュラム作りは、大学の個性と実力をもっとも鋭く現す作業であり、明確な目標設定に基づくカリキュラム編成が大学の勝負の分かれ目になる。
カリキュラムを変える際には、学生のためにあるという原点を忘れないこと。縄張り、負担の軽減、大事な科目の非常勤化などは、もってのほか。
日本の教員が、授業に関心を持たない理由はいくつかある。
文化的理由:江戸時代までの勉強のさせ方は、漢籍の暗唱、会読、講釈であり、寺子屋では手本を元に師匠に持って行く学び方。近代大学制度が入ると、欧州の学術を輸入して見せることが大学の役割。学生はひたすら教員の話を聞き、公務員試験で高得点をとって中央官庁に就職するという風土を醸造してきた。
授業では、導入を工夫すること。次に、題目を明示化して、内容を構造化する。教員は授業を論理的に組み立てる傾向があるが、構造化の方が大事。