2016/01/20

神田眞人(2016)「超有識者場外ヒアリングシリーズ 大学改革編 : 天野郁夫東京大学名誉教授(元東京大学教育学部長)」『ファイナンス』」平成28年1月


  • エリート・マス・ユニバーサル段階移行:エリート段階はそのまま存続,マス段階になるとそれに対応する新しいタイプの大学が加わる,ユニバーサル段階になるとそれに適応する高等教育機関が加わ=三層構造的になると見ていた。
  • カリキュラムの問題(何を教えるべきかという点)で日本は遅れている。⇔日本の教育財産:文系の学部段階のゼミ・卒論,理系の実験・実習・研究室制度。
  • アメリカの学長権限が強いのは,教育機関であるカレッジから出発しており,学長は校長として学生を徹底的に教育・訓練する責任を負い,教員達も自治など認められず,教師(Teacher)として雇われていたため。しかも強力な理事会があって理事会が学長を任命していた。
    • そのあとで大学院が入った=教員が20世紀頃から力を増し,自治や自由を獲得するようになった。→ 理事会・ 学長を中心とする執行部・教授会という三者の力関係を中心に運営されるようになる。
  • 昭和22年にアクレディテーションのための大学基準協会が創設 → 全く育たない。
    • アメリカ占領軍=文部省の解体・弱体化をはかった
    • 大学設置認可の権限を文部省が握り,大学設置審議会で設置審査をすることになる
    • ボランタリーに大学が集まった大学基準協会が大学基準を作成しても,国家の設置基準の方が権威になり,大学基準協会の基準による評価をもう一度受ける必要はないという考え方が強かった。
    • アメリカは国家による設置認可制度がない=届出制に近く,自由に大学を設置できる=その質を維持するアクレディテーション制度を大学が集まって作った。
    • 日本はその経緯を理解せず,旧制大学中心のエリート大学団体になってしまった。
    • 大学基準を通ったらメンバーにしてあげるという意識が強かった → 新制大学側が設置認可を受けているんだから余計なお世話と拒否反応 → メリットも義務もない中,定着に到らず。
  • コミュニティ・カレッジ的=専修学校・ 各種学校:18歳人口の20%前後が進学(>短大=4%)
    • 文科省が国際比較の際に入れない=コミュニティ・カレッジを入れているアメリカ,生涯教育的な機関を入れる欧州と比べて高等教育進学率が低く見える。
  • 戦前期の国立大学の特徴は学力主義:
    • 必修主体のカリキュラムを全科目履修させる,厳格な科目主義を取り,教育も進級制度が厳しく,入口も入学者選抜が厳しかった
    • 平均点60点以上取らないと進級させず,一科目でも50点以下があれば落第,留年は一年しか認めない,二年で即退学,
    • 出口も最初は帝大で卒業試験をやっていた,法科大学は一科目でも落とせば進級できず,卒業試験があり,その後に高等文官試験もあった
    • 学生が試験漬けになっているという批判が強くなり,卒業試験は明治末に撤廃。
  • 戦後は履修主義:
    • 単位制度が導入,124単位をとれば卒業できる,選択制度が大幅に入る,評価は点数主義ではなくなる,卒業試験もなくなる。
  • 卒業試験の再導入は難しい(これだけ緩くなったので)→ カリキュラムを強化して教育プロセスでの評価システムをきちんとする必要がある。
    • 学位が多様化=何を学んできたかの証明にならない → 学位の種類を整理・統合すべき
    • 大学の種別化よりも学位の種別化の方が効果的ではないか=一般的な能力を高めるためのカリキュラム改革を進め,専門性の高い部分については大学院なり生涯学習の部分を強化していく方が望まく,生涯学習型のカリキュラムの開発が急がれる。
  • 毎年同じだとランキングを載せた雑誌が売れないので,変化させるために評価の指標を変える。
  • テストで捕らえられないものを評価する=文化資本や社会資本といった,人間関係・社会関係の中で培われてくるものを評価する。文化・社会資本にめぐまれた豊かな階層とそうでない階層があるところでエグザマンを強化していけば,弱者を排除して強者をすくい上げるシステムになりかねない。