2016/01/21

矢澤雅(2008)「行動目標モデルのカリキュラム論とその批判」『名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇』44(2),39-49


  • 現代イギリスのカリキュラム論争
    • カリキュラム構成(curriculum making)
    • 学習者の学びや教授法(pedagogy)の概念を前面に出す研究
    • 歴史は前者→後者
  • 行動目標カリキュラム開発の留意点
    • 評価者は,授業後における学習者の望ましい行動の変化について明確に記述できる目標の使用を促進するべき
      • 行動目標は学習者が達成できたかどうかを観察可能なように述べる
      • 明確に記述された目標の達成について教師は最も効果のあがる教授システムを工夫しなければならない
      • 教授目標が測定可能なように表現されることを意味し,それは数量的評価という形をとる=到達度評価(ブルーム),診断・形成・総括のサイクルを実行して行動目標を達成
    • 教育評価者は,教育上重要であるにもかかわらず行動目標として測定することができない領域の教育実践について教師たちの多くがかなりの努力をささげたいと願っていることを承知しておく必要がある。
    • 教育評価者は学習者の構成的反応を必要とする教授目標を利用する場合には適切な評価基準を確認しなければならない。=エッセイ・パフォーマンスで解答を構成する場合の評価形式は,容易に数値化できないが,一般的印象によって評価せず,判定のための適切な評価基準を設置し可能なかぎり数値化することが大切。
    • 教育評価者は,一般的な教育内容を含む測定可能な目標の活用を求めるべき。(〇〇の叙事詩の形式を特質づける3要素を確認する → 叙事詩を特質づける3要素を確認する)
    • 教育評価者は行動目標の最小限の熟達水準を設定するように努力すべき。(80点と90点どちらが水準に達したとするか)。
    • 教育評価者は,教授目標を記述する際にも新しい目標を設定する際にも,教育目標の分類学が有効であるということを銘記する必要がある。
    • カリキュラム開発者は・教育評価者は,自分で目標を構成するよりも教授目標をプールしてある専門機関が蓄積した目標の中から測定可能な目標を選択する方が効率的である。
  • 行動目標カリキュラム批判(スコット)
    • 目標以外の多くの行動の評価を排除する+生徒の内面的状態(理解する・価値を認める・学習する)を排除する
    • 目標項目間に何らかの形の論理的配列を設定することが,生徒の最適で自然な学習過程を無視する危険性を持っている(文脈の中に組み込まれた知識や技術の学習を無視する)。
    • 生徒との相互作用の過程で,目標の意味や価値について自ら問い直すことを求めない(=学習者は事前に決定された目標をいかに効率よく達成するかということに取り組む技術者になる)。
      • 指導後の評価で,生徒が何を学んだかや目標の妥当性よりも,指導技術の効率がよかったかどうかのみに焦点があてられる。
      • 知識内容の分類学に支えられた行動目標モデルは,教師が指導過程における教授学知識や生徒の学習スタイルについて何も考慮しない(?)
    • 教育目的・教育内容と教育方法との分離問題=事前に設定された目標が達成されれば,方法は問わずにすべて適切。
  • 行動目標カリキュラム批判(ステンハウス)
    • 浅薄な行動目標を優先する傾向があり,重要な教育成果を犠牲にしてしまうのではないか。(→ ランキング重視へ)
    • 事前設定の行動目標に拘束されると,教室内の指導過程において偶然に起こる出来事を活用することができない。
    • 学校外における教育活動との関係を見逃してはならない(親・地域)。
    • 測定を非人間化し,多くの人間的行為の複雑さを,数値で評価することに対する批判。
    • 行動目標を外部機関が設定することは,生徒や教師の人格を無視するものであり非民主的なものである。
    • カリキュラム研究は教室内で起きる出来事の研究に焦点を当てることが最優先されるべきであり,道理にかなったカリキュラム計画は教室状況の現実を教師が熟慮して経験的に作りあげるべき。
    • 行動目標に依存することなく効果的な授業を組織してきた実績を注意深く研究する必要がある。
    • おおざっぱな一般的な目標の方が,教育の自由が確保されるのでやりがいを感じられる。