2016/04/12

「文系の危機」『IDE現代の大学教育』No.575,2015.11

佐和隆光「人文社会系学部の反省と展望」

  • かつての文系学生は,古典の読解に挑戦した。スミス,マルクス,ケインズ,フリードマン,スティグリッツ,ピケティ。マクロ・ミクロ・計量の触りを学ぶだけではほとんど役に立たない。
  • 人文系でランキングを上げない限り,世界ランキングは上がらない。ランキング上位校は人社系に重点を置いている。
  • オックスフォードの人気学科は歴史学科。若い時に歴史学を徹底的に叩き込んで官僚や外交官になる,まさに大学でしか学べない。経済や法律はOJTでも学べる。



猪木武徳「大学と産業の距離について」

  • 大学はその比較優位から考えて,実践的な教育研究ではなく,自由学芸を守ることによってしかその存在価値を維持できなくなる時代がくると考える。
  • 100年のスパンで見れば,科学知識や技術情報は,民間研究所など大学以外の場所で生まれる可能性はさらに高まる。
  • 大学は,半端な職業教育ではなく,数理的思考と言語表現を核とした教養教育に力を注ぐのが賢明ではないか。
  • 社会で直接役に立つ知識や技能は,大学教育によってではなく,実際の仕事を通じて獲得されるものがますます多くなる。
  • 教養教育か実践的専門教育かの2択ではなく,バランスのとれた教育(=自由学芸を守るために社会に順応する大学)が必要。そのためには,大学が自律的に目標とビジョンを持つ必要がある。


天野郁夫「国立大学と文系学部」

  • 旧制高校はリベラルアーツを重視する英米カレッジに似た教養教育の場という指摘は違う。実際は帝国大学で学ぶための大学予科,外国語の教育に多くの時間を割かざるをえなかった。
  • 帝国大学は理系実学人材養成としてスタート,人社系重視が広がり始めた頃に昭和に入り,戦争で再度理系人材重視へ。戦後は米国の指導で文系充実,しかし旧帝大は依然として実質的な理工科大学。



石井洋二郎「文部科学大臣の通知と人文社会的教養」

  • 佐和氏の指摘:人文社会系の学識なくして批判精神なし。ゆえに全体主義国家は必ずや人文社会知を排斥するし,人文社会知を軽視する国家はおのずから全体主義国家に成り果てる。
  • 通知内容:特に教員養成系学部・大学院,人文社会科学系学部・大学院については,十八歳人口の減少や人材需要,教育研究水準の確保,国立大学としての役割を踏まえた組織見直し計画を策定し,組織の廃止や社会的養成の高い分野への転換に積極的に取り組むものとする。これがゼロ免課程だけを対象としているとは読み取れない。


野家啓一「文系の危機と教養教育」

  • 今回の通知を待つまでもなく,文系大学院の再編は必至で,従来の研究者養成カリキュラムでは立ちいかないことは自明。少なくとも修了後に国連や世銀で活躍できる教育システムを導入せねばならない。
  • リーディングプログラムのオールラウンド型に採択されたプロジェクトは,例外なく大学院における文理連携型の教養教育を組み込み実施している(思修館・八思教育(京都大),道場教育(東工大))。



竹内洋「反知性主義的空気と大学改革」

  • 1879年伊東博文の教育議:高等生徒を訓導するときは,宜しく之を科学に進むへくして,之を政談に誘ふべからず。政談の徒過多なるは,国民の幸福に非ず。師弟たる者をして,高等の学に就かんと欲する者は,専ら実用を期し,面して浮薄激昂の習を暗消せしむへし,蓋し科学は実に政談と消長を相為す者なり。
  • 知能(インテリジェント)=物事を処理し適応する頭脳の優秀さ。把握し,処理し,再序列化し,適応する。
  • 知性(インテレクト)=頭脳の批判的,創造的,思索的側面。吟味し,熟考し,疑い,理論化し,批判し,創造する。



永里善彦「企業から見た文系学部」

  • 文系に専門性は期待していない。大学で学んだ知識ですぐ役立つことを期待していない。
  • 求める人材像は,(1)自分で考えて自分で動ける,(2)高い理想と独自の発想力を持ち,その実現に向けて周囲を巻き込みながら自ら変革を起こし,やり抜くことができる。
  • 大学で勉強してほしいことは,ものの考え方と方法論。論理的思考力と情報収集力・コミュニケーション能力がないと会社で成長できない。自分の仕事を客観的に評価できる人を求める。


両角亜希子「文系学部のプロフィール」

  • 学部名称の多様化の一方で,伝統的な学部が減少したわけではない。順位の入れ替えはあっても,91年から13年までで,経済,文,工,法,経営,看護,医,薬,教育,理が多い。