2019/07/30

クリストドゥールー, D.(松本佳穂子・ベバリー ホーン・大井恭・熊本たま訳)(2019)『7つの神話との決別:21世紀の教育に向けたイングランドからの提言』東海大学出版部



事実学習は理解を妨げる
  • 作業記憶は意識と同等であり、人間は作業記憶の内容に関してのみ意識でき、それを監視できる。作業記憶に取り込まれない限り、そのた全ての認知的機能は司会から隠されている。
  • 事実学習の目的は、事実を学ぶことではなく、数百の事実を学び、総体として世界を理解するための助けになるスキーマを形成することにある。
  • 知識とスキルは二重らせんのようなもので、表層学習と深層学習が連携して進む。
  • 新しいトピックを導入するときの発問:絵1枚と高次な質問:シェイクスピアの授業で、シェイクスピアの絵を1枚見せて、この絵からどういうことが言えますか?
  • 生徒になぜならばという単語を使わせることで、分析的なよい回答が得られるわけではない。分析的回答は知識の総体に依存していて、答えの中にある単語を使うようにといった抽象的な助言が引き出すものではない。
教師主導の授業により生徒は受け身になる
  • 自立した学びが実際に可能となる唯一の方法は、生徒が既に知っている知識を使って作業することである。長期間にわたって収集された情報を再入手する方法としては、自立学習は非効率である。
21世紀は全てを根本的に変えてしまう
  • 問題解決、創造的思考、クリティカルシンキングは21世紀に特有なものではない。これらの目的を達成するために特定の方法を提唱することは有害である。なぜなら、21世紀スキルを唱える運動は、カリキュラムから知識の部分を排除するための合い言葉となっていることが多く、カリキュラムから知識を取り去ると、逆に子どもたちは21世紀型スキルを身に付けられなくなる。
  • 科学的発見をするには、まず当該分野の知識の最前線に到達しなければならない。科学的知識は発展し続けているので、最前線はどんどん遠のき、研究者が追いつくまで以前よりも時間がかかる。
  • 特定の職業に関連する知識やスキルは短い時価で時代遅れになるが、それを支える基本的な知識やスキルは時代遅れにならない。それこそ学校で教えるべきもの。
調べようと思えばいつでも調べられる
  • どんな問題解決でも、人は長期記憶に保持している全ての知識に頼り、その知識が多いほど多くのタイプの問題を解決することができる。なぜ長期記憶に保存された知識が必要で、外部知識に頼ることができないかというと、作業記憶に制限があるため。作業記憶は一度に3〜7の新しい情報しか保持できない。
  • 頻繁に使う情報の小片を長期記憶に保存しておくことで、作業記憶に過重負荷をかけずに、複雑な問題を解けるようになる。たとえ、答えに到るプロセスが概念的にわかっていても、物事を暗記することに価値があるのはこの理由のため。
  • 新しい文章を理解するには、そこに含まれる語彙の95%の意味を知っている必要がある。
転移可能なスキルを教えるべきである
  • 転移可能なスキルを教える方法の1つが、プロジェクトを通じてテーマに沿った授業をすること。
  • クリティカルシンキングプロセスは背景知識と関連している。
  • 抽象的な方法でスキルを教えるのは実際には不可能。人は知識を長期記憶に蓄え、それを使う操作を練習することで熟達した作業を達成できる。知識とスキルの区別は間違った二分法であり、そこから引き出せる実践的結論は、生徒が知識を記憶し、記憶からそれを引き出す練習を積めば、それが熟達した作業を生み出すということ。
  • リーディング能力はどんなテクストにも応用可能な汎用的スキルだと考えられがち。実際にはリーディング能力のある人は、多くのことについて広範な知識を持っている人のことで、広い一般的な知識があるからさまざまなテクストを効率的に読むことができる。
  • テクストを読むことは、単に単語の意味を知っていることに関連するのではなく、文章や表現が意味する概念の理解が関係する。何かを読むとき、人は長期記憶にある知識(スキーマ)を使って単語の意味を理解する。
プロジェクトとアクティビティが学びの最良の方法である
  • アクティビティは生徒に見当違いのことを考えさせるため有害。覚えるのに一番有効なことは考えること。だからこそ、生徒が授業目体に合う事柄を考えるように、授業やアクティビティを教員はしっかり計画しなければならない。
  • 認知心理学が教師に提供できる有用な知見は、ここの授業計画を生徒が何について考えるだろうかという観点から見直すこと。
  • 生徒にたくさんの複雑な作業を与えることは、複雑な作用の重要な要素の習得をかえって難しくしてしまい、実際は習得どころか忘れたり無視したりするようになる。11人のサッカーの試合をしてもパスやコントロールの熟達につながらない。
知識を教えることは洗脳である
  • 知識と統制:これに従うと知識を教えることは、中立的な行為でなくなる。代わりに知識の指導は、権力、権威、社会階層の問題と深く関わることになる。
  • スキルや能力は、知識の獲得から分離できるものではない。地域に頼らず観念的なスキルを教えることはできない。
  • 今の教育システムは、教えるべき知識を特定することもなく、知識をスキルに比べて重要性が低いものとして扱っている。