桑田耕太郎・松嶋登・高橋勅徳(2015)『制度的企業家』ナカニシヤ出版
- 新制度派では、組織は制度的環境に適応することで、人々の間で共有された認知的な前提が形成され、安定的な役割関係が形成されるというイメージが存在する。
- イメージが一旦制度化されると、主体は既存の制度に拘束され、結果、制度変化を説明できなくなるという理論的行き詰まりをもたらす。(埋め込まれたエージェンシーのパラドクス)。
- 制度的企業家のディスコース
- 企業家=制度の外部から新奇性をもたらす主体(既存制度への侵入者)。
- 制度=企業家がイノベーションを生む源泉(企業家は変化のアイディアや資源動員能力にアクセスするために、自らを制度の中心・周辺にポジションする)。
- 制度=社会的構成物≠客観的実態:制度は人々によって認知的に絶えず維持されなければならないプロセスである。
- 制度ロジック:バスワード?(理論的考察が不十分で、概念の真意が損なわれている)。
- 制度は組織論の古典
- Meyer and Rowan (1977):官僚制の技術的特徴のもとで組織の有効性を論じるコンテインジェンシー理論への懐疑に始まる。
- 官僚制は、人が神を代替するイデオロギーを必要とした結果採用された(形式合理性が神聖化された)。公式組織は他の伝統的価値や具体的活動に支えられつつ、それらから脱連結される。
- DiMaggio and Powell (1983):同型化=集合的合理性
- 理論的に補足する概念は、組織フィールド(利害関係者を構造化する場=制度を手がかりに自らに有利な形式を生み出そうと競争が生じる場)。
- 同型化概念は、組織フィールドのなかで変化する有効な戦略のあり方をめぐる集合的合理性を論じたもの。
- Zucker (1977):制度は社会的構成物
- 制度は物象化されることで、作り出した人々の手を離れ、客観的な現実として眼前するようになり、それが世代を超えて人々のアイデンティティを形成していく。
- 制度化されているほど知識は伝達され維持されやすい。
- Scott and Meyer (1991):社会的セクター
- 社会において所与の形態の製品やサービスを、供給者、資本家、行政などの関係組織とともに提供するすべての組織
- 通説への批判:制度論は誤解を生んだ
- 正当性と効率性が二項対立として扱われた。
- 制度論は非競争的な対象を扱うとされた。
- 社会化過剰の理論とみなされた。
- コンティンジェンシー理論の延長で、環境決定論だとみなされた。
- → 制度的企業家に注目
- 制度的実践:制度の創造・維持・崩壊を目指した個人や組織の目的的行為。
- 言語論的アプローチ
- 方法論の提示:言説分析は方法であるともに方法論=世界を再考するツール。
- 支配的制度ロジックの変遷:高等教育出版界の専門性から商業主義シフト(Tnlornton and Ocasio 1999)。
- 制度ロジック概念が制度論の文脈でいかなる含意を有するのかについては十分に議論されていない。
- 制度ロジック:方法論ととらえる → 制度ロジックを通じた分析 vs 制度ロジックの分析
- 制度ロジックとして本来問うべき論点は、制度ロジックの構成要素である正統性や椎威、アイデンティティ、規範などがどの程度ロジック間を移転可能とみるか。