早坂啓(2013)「制度派組織論における制度分析の意義の消失に関する一考察」『神戸大学経営学研究科大学院生ワーキングペーパー』201307a
- 分析とは何かという問い
- 意味をいかに分析するかは厄介 ← 意味が人々によって作り出され、かつ、その意味が人々の社会 的現実を作り出すという双方向的な関係による。
- ← ただし、分析者も意味の網の目に埋め込まれている。この前提にいかに取り組むかが課題(← これが分析とは何かという問い)。
- ここでは、制度ロジック概念の方法論的含意を、ウェーバー理解社会学との関連から 明らかにする。
- 制度派組織論による、制度と主体の関係の議論:社会化過剰、社会化過小、不可知の制度という3つの課題を提示。
- 社会化過剰:
- 組織が影響を受ける環境は、技術的環境と制度的環境の2つがある。
- 非営利組織は、技術的環境よりも制度 的環境による影響を源泉とした組織構造の選択がなされる。
- 経済的合理性を犠牲にして、社会的正当性の要求に応えることで、その構造の同質化が導かれる。
- 制度ロジックへ:
- そうした二項対立では組織は理解できない(Friedland and Alford 1991):制度ロジック概念を提示(複数の制度ロジックにしたがい組織が形成される)。
- これらは、制度によって一方的に主体が形成されると想定する点が共通。
- 制度的企業家:
- → 制度的企業家論で制度ロジックの課題を克服:制度化の進んだポジションから制度化の遅れているポジションへと企業家が移動することによって、制度変化が導かれる。
- → それは論点ずらしという指摘:制度変化を説明する根拠を、完全には制度化されない主体に求めた時点で、制度に埋め込まれたエージェンシーのパラドクスという固有の問題が失われてしまう。
- 制度に埋め込まれながらにして変化を内生的に生み出していく行動原理の探求こそが課題。
- 制度的実践が切り込む:
- 実践:共有された制度を参照した行為の遂行的差異化を、現実の構成として捉えるための概念。
- 従来の研究=制度と主体の関係を一義的に決定
- 実践=両者を不可分の関係として捉える
- → 制度変化だけでなく制度を維持させるような行為を含む、多様な行為を具体的に明らかにできる。
- 制度的実践は、制度分析を見失う。
- 制度の意味は主体が参照した行為としてしか把握されない(遂行的に差異化を遂げていく現実の構成として)。
- → 制度の意味は分析的には不可知という前提を置く。
- → 不可知の制度という前提を徹底して、制度を参照した行為の多様性に注目する研究は制度分析にならない。
- ← 研究者もまた制度を参照しているという前提に対する自覚の不足による。
- 社会化過剰は制度の拘束性を、社会化過小は制度の機会性を、それぞれ物象化したために生じた。
- いかにして制度の意味を分析するのか、制度分析とはいかなる意義をもつのかという課題にどう取り組むか?
- → 制度ロジック概念は、方法論的前提として理念型と価値自由を取り入れ、ウェーバーの理解社会学に依拠した。
- Thornton and Ocasio(1999))はどう貢献したか?:物質的実践、期待、価値、信仰、ルールなどの社会的に構築された歴史的パターンであり、個人はこれらを用いて物質的実存を生産・再生産し、時間と空間を組織化し、社会的現実に意味を与えると定義した。(Friedland and Alford 1991では制度ロジックは不明確だった。)
- ウェーバーの理念型:中立的かつ近似的であると考えられているような知識。
- 例:支配の三類型(カリスマ的・伝統的・合理合法的)。
- 理念型が現実と対応するとは限らない。理念型=認識のための手がかりとなるような準拠点。
- この理解にはカントの認識論(超越論的観念論)が必要。
- 決定論であれ存在を疑う観念論であれ、空間や時間、因果関係などの超越的なカテゴリーの存在が前提にある(地動説も天動説も宇宙の存在という想定が創りだしたという意味では等価)。
- これを方法論にする
- (1)超越論な存在 として認めざるを得ないカテゴリーのみ、認識の出発点となり得る。
- (2)理念型を通じた意味理解は常に比較でしかない。複数のカテゴリーが独自に比較されるのではなく、他者の行為の参照を通じてなされる。すなわち、カテゴリーの存在とその比較のあり方が「客観的」であるという了解に基づいて、「主観的」な意味理解が可能となる。
- (3)理念型は歴史的に条件付けられた個々人にとって有意義なカテゴリーとして構成される。
- 制度ロジック=特定の「実在」を中心とした実践の束であり、そうした実践の規範性に由来する副次的な派生。
- 実在:物事の物理的な側面を表す質料と、質料に構成的(constitutive)な働きを持つ形相からなる。
- 物事の本質は、その偶有的性質や物質性(質料)からは導かれないが、質料なしの形相はあり得ない。
- 象徴的かつ物質的な制度の存在という想定(実在)と、これを参照した実践が共に構成的であるがゆえに、制度ロジックという理念型を通じた比較でしか意味理解はあり得ない。
- Thornton and Ocasio(1999)の批判:資源依存理論などの権力理論が、リーダーの権力の源泉を普遍的に想定している。
- 権力関係とは行為の結果によって生じる。その行為を説明するために決定的に重要な資源の要件が普遍なものと想定してよいのか?
- → 専門家と市場という二つの制度ロジックに注目して、出版とは何か、いかにあるべきかという意味の変化を分析。
- 価値自由と制度ロジック
- 価値自由:研究者もまた価値を持ち込むという前提を尊重すべく、 自らの価値判断を表明し自覚すべしという原則。
- ウェーバーが価値自由という方法論的前提を示した意図=理念型という超越的なカテゴリーを手段ではなく目的として理解させないため。
- ← 科学主義への懐疑:科学的な成果を参照した人々が、科学という制度に備わった支配の力によって、意味を付与する自由を放棄する危険性 ← 価値自由=社会科学の越権行為を阻止しつつ、人々の自由と固有性を保証するという方法論的含意。
- Thornton and Ocasio による制度分析
- 産業レベルを分析対象にした:多様性を明らかにしやすく、産業は共通のアイデンティティーや評価基準が強烈に形成されると想定できる分析レベ ルだから。