田中義郎(2016)「グローバルな文脈における日本の大学入試改革」『比較教育学研究』53,40-54
- センター試験・修能:高校教科書準拠,GCE:大学側が内容を規定 → 高校の学習と大学教育を包括的に議論=欧州,入学者選抜試験そのものの議論=日本・韓国
- 日本・韓国:アチーブメントテスト,教科学力型。欧州:資格試験,アビリティテスト。
- 世界のアドミッションの3潮流
- 高等教育の収容力を適切化する(30-34歳の40%を大卒にするECの目標)
- アドミッションシステムは,学生人口拡大による高等教育の変化を調整する機能をはたす。
- アドミッションシステムは,学生の流動化に対応するようになる。
- アメリカ:一般教育を将来の進路を特定しない学生のための教育と位置づけたことで,高等教育の需要が急激に拡大・発展した。
- アメリカではカレッジは発生的に私立の教育機関であり, 教授またはチューターの集団によって運営されるというよりも,学長によって 運営された。両親が授業料として適当な額を納め,学長は適切な教育を行うことについて自らの責任を負った。学長は教授を雇用する立場にあり,教授は本来,学長の助力者以上のものではなかった。学長の役割と権威は 変わっているが、依然として、カレッジはある種の教育を売るところであると いう見方は真実であり、カレッジ全体としての統一性を持った教育課程、その ために必要な教員を雇用するということも真実である。(ベン・デビッド)
- 問題なのは,今のアメリカのカレッジ・アドミッションにテストスコアを必ずしも優先しない風潮があること。(標準学力テストで:もしアイビーリーグが生徒を点数の高い順に入学させ,企業が全大学生の卒業生の点数を高い順に雇ったとすれば,現在のシステムが抱える邪念は消え去ってしまう)。
- 純粋に学術/学問的機関であることとカレッジの学士課程であることの決定的な違いは,異なった様々な領域に触れることに深く関われることである。(標準学力テストのみに焦点を当てるアドミッションは,大学にとって重要かつ貴重な資源である,大学に帰属する多様な資源を有効に活用できる生徒を選ぶことを見落とす。)
- 試験は,彼らの違いを示しているのであって,違いを創出しているわけではない。→ テスト批判ではなく,アファーマティブアクションを活用すべき。