2014/02/26

藤本隆宏(2013)「DC諸派の多義性を論ず」組織学会『組織論レビュー2』第2章,白桃書房


  • p:利益や競争力などのパフォーマンス,e:競争環境,r:経営資源,a:活動,v:認識・ビジョンとして,特定の値を大文字で示し,十分に独自で適切な安定値を*で表す。するとパフォーマンスの因果関係は,p = f(e, r, a, v) で表される。
  • 戦略論の基本式は,P* = f(E, R, A, V) となる。ポジショニング派(ポーター)は,P* = f(E*, R),リソースベース派は,P* = f(E, R*) となる(どちらも静的)。
  • ケイパビリティ(組織能力)はA*であるが,ルーチンが体系化するか,プロセスが常軌化することを指す。活動 a は,活動が体系化すればプロセス,常軌化すればルーチンとみることを前提とする。
  • DCの議論は,ΔP,ΔE,ΔR,ΔA*なのかが混乱している。

2014/02/25

西脇暢子(2013)「組織研究の視座からのプロフェッショナル研究レビュー」組織学会『組織論レビュー1』第3章,白桃書房


  • 組織研究におけるプロフェッショナル研究の課題は,組織の権限体系を通じたコントロールと,組織メンバーによる自主的な管理運営という,マネジメントの古典的テーマと新しいテーマがうまく関連づけられていない。
  • 先行研究でプロフェッショナル(プロフェッション)の要件としてあげるのは,Wilensky(1964)による,(1)長期的な教育訓練によって初めて獲得できる高度で体系化された専門知識矢専門技能,(2)職務の自律性,(3)専門知識を有する集団のメンバーとしての高い職業規範や倫理観。
  • これはプロフェッショナルが社会的に承認された専門職集団としての地位を得る過程で,(1)フルタイム化,(2)体系的なトレーニングを行うための教育機関の設立,(3)地域団体設立,(4)国家団体設立,(5)公的なライセンシングとそのための政治的闘争,(6)公式倫理綱領の規定,を経て段階的(戦略的)に獲得してきたもの。
  • Gouldner(1957)は,コスモポリタンとして大学スタッフ130人対象にした調査で,研究者,教員,職員にはコスモポリタンもローカルも中庸もいること,大学政策に関する参加の程度や規則の遵守を重んじる程度は3タイプごとに異なることを明らかにしている。
  • Abbott(1988)は,プロフェッション間の競争の源泉は,(1)診断,(2)推論,(3)治療の3段階で説明でき,(1)の問題の構造化と(3)の問題解決のアクションとの間にある(2)こそが純粋にプロフェッショナルな仕事であり,診断した理由づけと治療の方向性や範囲の設定を指す。

  • Abbott, A. (1988) The System of Professions: An essay on the division of expert labor, University of Chicago Press.
  • Gouldner, A. W. (1957) Cosmopolitans and Locals: Toward an analysis of latent social roles 1, Administrative Science Quarterly, 2, 281-306.
  • Gouldner, A. W. (1958) Cosmopolitans and Locals: Toward an analysis of latent social roles 2, Administrative Science Quarterly, 2, 444-480.
  • Wilensky, H. (1964) The Profession of Everyone?, The American Journal of Sociology, 70(2), 137-158.

2014/02/24

佐藤智恵(2013)『世界最高MBAの授業』東洋経済新報社


  • ビジネススクールで教えられるものは,ハードスキル(専門知識),ソフトスキル(リーダーシップ,コミュニケーション,組織行動,自己分析),実習(プロジェクト,フィールド)の3つ。昔はケース中心だったが,今は実習・演習中心。また,ソフトスキルに重心がある。ビジネススクールは,誰でも訓練すればリーダーシップの能力を開発することができるという前提に立っている。
  • 自分を理解し,本当の自信を持つことが成功するリーダーの第一歩であり,自分の人生のリーダーシップをとれずに,他人に対してリーダーシップはとれない。
  • エンパシー・ウォークは,自分と正反対の世界にいると思う人の声に耳を傾けるもの。まず自分でその定義づけをして,実際に声を掛ける。
  • ビジネススクールの授業の根幹にあるのは,コミュニケーション。相手に立場に立って考える・伝える。
  • プレゼンの基本は,はじめにイメージに残るものや画像を見せる,スライドよりジェスチャーと声が大事,簡潔な言葉でシンプルに伝える,長くても30分までにする。
  • 大きな会社がスタートアップの雰囲気を持つために,2〜5人で開発をして,開発途中から社内に情報をシェアし,ある程度できたらすぐにサービスを開始してフィードバックを得る。(オープン・イノベーション)。
  • 授業がケース議論とケースの当事者による講演の2部構成。
  • チームのメンバーの名前,顔,経歴などを覚えるのは帝王学の基本。ハーバードは,入学前から準備をして,入学時には全員覚えている。


 ビジネススクールは,カリキュラムを頻繁に変えていること,教える側に実際の経験と共に現役のリーダーを呼ぶネットワークが必要なこと,結局のところ重要なのはコミュニケーションであることがわかる点で良書。ただし,現象をポジティブに捉えすぎている点と(これもビジネススクール教育の成果か),又聞きの編集であるため,世界最高の授業がどのように世界最高なのかを丁寧に記述できていない点が極めて残念。

2014/02/17

東北大学高等教育開発推進センター(2013)『大学教員の能力形成から開発へ』東北大学出版会


  • 大学教員の管理運営能力は,管理運営職を1つ経験しただけでは参加経験を肯定的に振り返れないが,3つ以上経験すると6割以上が参加経験を有効と見なす(管理運営職が何かが定義されていないという大問題あり)
  • 一般労働者の平均労働時間が年間2009時間,文系教員は2600時間,理系教員は3000時間という隔たり。週あたり平均労働時間は,男性61時間,女性56時間,過労死ラインは60時間。
  • Zaman(2004),藤村(2006)は,教育と研究はネガティブな関係にあることを示している(研究志向と教育志向の役割葛藤モデル)。
  • 社会化は,組織への新参者が,その組織において成功するための基準を内在化し,行動することであり,組織への同化プロセスである。
  • 調査では,FD活動は,能力形成の方策として決して有効性が高くなかった。大学教員の職能形成が,多様な個人の文脈に即して経験を通じて行われるなら,専門性開発を担う側はどのように対応すべきかが問われている。統合的・継続的な学習プロセスを提供し,継続的な能力開発の機会を提供し,教員の日常にはめ込まれた活動を重視すべきである。
  • 能力獲得の要因はFDではなく,日常的な教育研究活動であり,経験を通じて形成されることを各大学の取り組みの基盤に据えなければならない。


 冒頭の問題提起のすばらしさと比較すると,各章で示されるエビデンスのスケールの小ささが残念な内容。

2014/02/15

橘木俊詔(2013)『宗教と学校』河出ブックス

 宗教系学校の母体が私立大学であることと,日本における私立大学は学納金での運営を余儀なくされることから考えれば,宗教色が薄まることはもっと合理的・戦略的な枠組みの中で示せるはずだが,本書は特段のメッセージを持たず,著者の勉強のまとめという内容なので,可も不可もないといか言えない。

2014/02/12

中留武昭(2012)『大学のカリキュラムマネジメント』東信堂


  • 大学におけるカリキュラムマネジメントとは,「大学の教育目標を実現するために,教育活動の内容・方法(カリキュラム)上の連関性と条件整備活動(マネジメント)上の協働性の対応関係を,組織構造と組織文化を媒介としながら,PDCAサイクルを通じて組織的・戦略的に動態化していく営み」を指す。
  • つまり,CMは「目標達成に必要な教育活動の内容・方法」と「条件整備活動」の対応関係から構成される。その際,前者については,教育活動の内容上・方法上の「連関性」の存在が必要である。
  • この連関性を実現するための条件整備は,人,情報,金,組織と運営の4Mからなり,特に人と組織・運営の間の「協働性」が重要である。
  • 従って,CMは連関性と協働性の対応関係で成立する。
  • 「教養教育に携わる教員には高い力量が求められ,絶えず授業内容や教育方法の改善を図る必要があり,入門段階の学生にも専門知識をわかりやすく興味深い形で提供したり,自らの学問を追究する姿勢を生き方を語るなど,学生の学ぶ意欲や目的意識を刺激することも求められる」これを著者は,組織文化への言及と呼ぶが,文化だけの問題ではなく,むしろそうしたキャリアを形成できない人材育成の問題である。
  • ウィスコンシンの国際化ビジョン:(1)大学全体のビジョンを維持し深めていくこと,(2)現在の強みを維持していくこと,(3)新しいニーズやプログラム構成を明らかにすること,(4)統合した知識を育てること,(5)非伝統的な学習方法を導入すること,(6)重要なニーズをまずは充足すること,(7)プログラムと資源を結びつけること。こういうビジョンもあっていい。
冒頭の連関性と協働性の定義は興味深いが,その後の展開がこの2つを中心に議論されないため,示唆に乏しい点が残念。

2014/02/11

和田秀樹(2013)『医学部の大罪』ディスカヴァー提書113


  • 医学部には,教育・研究・臨床の3つの役割があるが,そのどれもだめな点が問題。これは,特に次の点が深刻。
    1. 社会的に総合医が求められいてるにも関わらず,研究領域は細分化され,内科でも肝臓しかわからないという研究をしている
    2. 製薬会社からの研究費がなければ研究できないため,薬の過剰投与が起こり,逆に健康を害している
    3. 平均値に過ぎない正常値にとらわれすぎ,患者の生活を見ない医療を行う
    4. これらの循環で,医療がだめでも細かい研究論文が多い人が教授になる
これ以外にも,心の時代に精神科が増えない,日本はガンが深刻なのに欧米の研究追随で心筋梗塞ばかり研究する,製薬会社が治験場所を選ぶ問題なども指摘するが,長々と書かれる問題の多くは,上の4点に集約されると思われる。

2014/02/10

新井立夫・石渡嶺司(2013)『教員採用のカラクリ』中公新書ラクレ477

 書名にあるようなカラクリというほどのカラクリは描かれず,大学生の教職課程の履修状況や,教育実習,採用面接のエピソードが示されるのみの本。
 エビデンスが,著者らが見たエピソードのみであるため,一般性が乏しく参考程度にはしても教員志望者が真に受けてはいけない悪本で残念。

2014/02/09

寺脇研(2013)『文部科学省』中公新書ラクレ476


  • 法人化は,文科省のノンキャリア人事を乱し,一定年齢になっても大学の部課長になれない人を増やし,大学は国立大学全体よりも自分の大学を優先するために,優秀な若手を文科省へ送らなくなった。かつては一体感を持った交流を行っていたが,ノンキャリアを不安にさせている。
  • そのため,ノンキャリアの本省採用が増えているが,彼らも各部局を数年で異動する。大学から来た部局のエキスパートがいなくなり,ジェネラリストであるキャリアを,スペシャリストのノンキャリアが支える関係が破綻し,かつてのノンキャリアの誇りが失われようとしている。


 全体として,著者の見たかつての文部省を美化するナイーブなノスタルジーで,官庁の人事に興味がある人にはおもしろい本だが,問題の考察は表面的で示唆は少ない。

2014/02/07

濱口桂一郎(2013)『若者と労働』中公新書ラクレ465


  • 欧米の欠員補充方式は,必要なときに必要な資格・能力・経験のある人を,必要な数だけ採用する方式。あるポストが空いた場合,まず職場の中で希望者と適任者を探して就けるのが一般的なルール。こうして空いたポストが埋まらない時に,人事担当部局に仕事が回ってきて,社外から採用が行われる。つまり,入口も出口も特定しない。日本は,入口と出口が特定されている。
  • 日本がメンバーシップ型なのは,日本は若年雇用問題がなかった社会であるため。欧米は,雇用問題の中心が若年雇用問題。なので,政策の焦点はかれらの職業技術の獲得となる。

2014/02/06

岡田尊司(2011)『愛着障害 子ども時代を引きずる人々』光文社新書


  • 人はそれぞれ特有の愛着スタイルを持っており,安定した愛着スタイルを持てると,人と深い信頼関係を築き,長年維持し,どんな相手にもきちんと自分を主張すると共に,不要な衝突や孤立を避けられ,対人関係や仕事で高い適応力を示せる。
  • 愛着障害は養育環境の関与が大きく,親と確執を抱えるか過度に従順,信頼や愛情が維持されにくい,ほどよい距離がとれない,ネガティブな反応を起こしやすい,ストレスに弱くうつになりやすい,問題解決ではない破壊的な怒りにとらわれやすい,過去にとらわれたり過剰に反応する,全か無かになりやすい,全体より部分にとらわれやすいなどの傾向がある。
  • 愛着障害は,安全基地となる存在を持つ,未解決の傷を修復する(幼い頃の不足を取り戻す,過去と和解する),役割を責任を持つ(社会的・職業的役割を果たす,人を育てる)ことで克服できる。

 おもしろいが,本文のほとんどは著名人の愛着障害の紹介。これを見るとむしろほとんどの人に愛着障害があると考える方が自然。
 克服方法に人を育てるとあるが,愛着障害の人に育てられて愛着障害になることが前半の内容であり,やや矛盾する。むしろ,役割と責任を持つこと,それを支援する社会的環境的取り組みにフォーカスすれば,問題解決志向の内容となるだろう。

2014/02/05

本田由紀(2011)『軋む社会 教育・仕事・若者の現在』河出文庫


  • 人間力(コミュニケーション力,創造性,問題解決力)という概念そのものが怪しく,相対的に有利な社会集団がゲームのルールを自らにとって都合のよいものにするために打ち出した恣意的な選抜基準を,そう名付けているに過ぎない。
  • 教育機会の罠:学歴取得は望ましい仕事に就く可能性を保証しないが,取得しない不利さは大きくなること。労働需給の不一致と同じ。期待した仕事に就けない大卒者が増え,学歴内部の序列化が広がり,社会内の不満が増大する。
  • ハイバー・メリトクラシーは,否認知的で非標準的な,感情操作能力(人間力)が個人の評価や地位配分の基準として重要化した社会状態を意味する。
  • ハイパー・メリトクラシーは,手続き的公正さよりもその場でのアドリブを重視する。
  • ハイパー・メリトクラシーは,要求水準の高度化,属性的格差の顕在化,評価の恣意性,自己責任化,限度のない没入を求める弊害がある。
  • これを克服するには,柔軟な専門性(職業の入り口としての専門知識・スキルとその発揮場所)を獲得・用意することで対応できそう。
  • 就職の際に言われる意欲やコミュニケーション能力は,企業が望むような考え方や意識を自発的に読み取り,先回りして行動するような資質に他ならず,多くの日本企業は,あまりに高い意欲や自己主張をする本当に個性的な人間を求めていない。


 本田先生は堅い研究をすると思っていたのに,ずいぶん曖昧な概念を主張しているところが意外で新鮮。