2010/12/14

河本敏浩(2009)『名ばかり大学生 日本型教育制度の終焉』光文社新書


  • 大学の教員は、高校・中学・小学・家庭批判は許されない。何人中何番までが合格という試験を続けているのは大学で、その元で定員を拡充すればレベルが下がるのは当然。
  • 日本の戦後教育では、進学競争・学力競争の唐突な変化が起こると、そのインパクトを受ける世代の子供は反社会的行動に走る。校内暴力と援助交際の蔓延メカニズムは同じ。大人の側が競争の設定を謝ったために起こってしまう。
  • 管理教育に走った教師と容認した親は、よかれと思ったのだろうが、その成否は近視眼的な大学進学率ではなく、その空気の中で育った子が大人になり子供を持ったときに、何を伝えどう育てるかではかられるべき。80年代に殴られて子は親となってどのような学校観を持っているか。
  • 女子だからこそいく短大の価値観が崩壊すると、男子と同じ競争の世界に女子が入れられる。小中学生時に予想しなかった変化(援助交際のロジック)。
  • 偏差値70超のの大学に入れば、人生が変わりそうな予感はするが、これらの大学へのパスポートは12歳の段階でほぼ配り終えられている。勉強すれば伸びた70年代と、勉強しても成果・序列が上がらない現在は全く違う。
  • 塾が一般化した現在では、上位層は学校で何をしても成績を伸ばす。学校は底上げが重要で、どうすればいいかを大人が競って研究すべき。競うのは大人で子供ではない。福井県教育研究所はこの仕組みに近い。教材をオープンにし、絶えざるバージョンアップが必要。しかし、組織を作り多くの教師の同意を得る面倒さという大人側の理由で、これは波及しない。
  • 入試時の成績よりも、大学入学後の初期教育の方が、その後の伸びに対する影響が強い。
  • 分数ができない大学生というが、入試の段階で数学を必修にするか、出口でできないものを卒業させないだけでよい。子供の学力問題に転嫁してはいけない。
  • 東北大学のAO入学者は一般入学者より成績が高い。魅力的な大学像を示して、第一志望の高校生を集めて学力試験を含むAOを行うため。
  • 現在の教育議論は、勉強のできた者ができない者に、できる側のルールや習慣を強要する構造になっている。偏差値教育の悪さは、負けた側の子供が大人になったとき、自分の子供に勉強させなくなるから。
援助交際は仮説としてはおもしろいが、検証が必要。