2010/12/17

阿部謹也(2001)『学問と「世間」』岩波新書


  • 研究者はそれぞれの世間を持て降り、その対応関係の中で身を処している。
  • 研究の過程で過去・現在の研究者たちに出会う。その研究者たちと共通の問題意識で結ばれていると感じられたとき、そこの共同体的な営みとしての研究が意識される。
  • Individualは個人と訳されるが、日本の個人とそれは決定的に違う。日本の個人は直接社会と対しているわけではなく、まず世間に属しており、その絆に縛られている。このまま西欧の個人の概念を輸入しても、実態はほど遠いものになる。
  • かつての人々は世間と同じような人間関係の中で生きていたが、中世以降成立した年に出て行った青年は、伝統的な共同体から離れて自分の生き方を考えなければならなくなり、キリスト教に改宗し、自己の内面に目を開いていった。
  • 学問を修めることは世間を否定し、世間から自己を独立させることが求められる。
  • 日本の知識人は世間の中で生き、世間を相手にものを書き、世間と距離をとることができない。そもそも世間の存在にも気づいていない。
  • フンボルトのいう純粋なる学問は、日常生活を遙かに超越した、日常生活に直接影響を与えるものではないというもの。特殊専門科学的知識は学問には含まない。
  • 人文社会科学においては、欧米研究そのものが価値を持っていたので、客観的に分析するというより先行する模範として受け入れた。日本の現状をいかに改善するかということに関心がない。なので、人権を守ろうというかけ声が出来てしまう。人権の問題は世間の問題であるのに、西欧にはその観点がなく、特殊事情としての世間が問題になり、人権問題が人権問題として正当に扱われない。
  • 国文学と天文学は結びつくのに、大学における一般教育の現状はそれとほど遠い。各学問分野の担当者が世間を構成し、相互に連絡がない。しかも学者自身が世間を構成していることに気づいていない。明治政府が導入した文科と理科を分けたことが、今も後を引いている。
  • これからの日本の大学は、かつての境界のような役割、すなわち、金や名誉や地位とは関係ない価値があることを若者に教える役割を果たさなければならない。
  • アメリカの研究室はサンタフェ型なのに対し、日本の大学でファカルティ・クラブを持つ大学が少ない上、他分野の研究者と話そうとしない。
  • 日本では個人は世間という枠の中に捉えられており、自由な個人にはなっていない。
  • 仇討ちはかつてどの国でも義務であったが、近代刑法では隠されてしまった。たとえ子供を殺されても司法にゆだねることが文明化された人間の態度だとされている。
  • 官僚機構は近代化された形をとっているが、中の人間関係は世間で営まれている。不手際が生じるとそれを隠そうとし、仲間内の意識が発動される。
  • キリスト教では現世と来世が関連しているが、仏教には現世の秩序を守ることがあの世にいく条件ではない。
  • 世間には3つの掟があり、贈与・互酬、長幼の序、共通の時間意識の3つ。3つめは、今後ともよろしくお願いしますという挨拶に現れており、欧米にない挨拶。欧米の個人は、自分の時間を生きているが、日本の個人は世間という共通の時間の中ですべての人が生きている。
  • 近代の社会の概念には個人の意志が結集されれば社会が変えられるという道筋が示されているが、世間を変えるという発想はなく、日本では改革や革命は生まれない。
  • 教養とは、自分が社会の中でどのような位置にあり、社会のために何が出来るかを知っている状態、あるいは知ろうと努力している状態と定義できるが、これは知識人だけでなく、多様な職業の人を含む定義である。
  • 政治家の失言は、選挙区で通用する言葉が国会で通用しないことから生じる。
  • 世間の中では個性的な生き方はできない。
  • 生涯学習は、生活世界の中から学問を再構成する手段の1つ。大学を素人に開放し、生活者としての関心にたって問題が発見され、専門家とともにその解決に向かう構図。