戦前の学制では、高等普通教育(人間教育・全人教育・リベラルアーツ)は、旧制高等学校で行われ、旧制大学には主として高等普通教育修了者が進学した。新制大学は、そうした旧制高等学校を大学の一部に取り込み、それを教養部として一般教育(高等普通教育)を担当させた。このことが、一般教育の問題を日本の大学へ複雑な形で持ち込むことになった。
当初の一般教育科目は、人文・社会・自然から均等に合計36単位修得。これに工学部系から専門教育が不十分になるという批判が出る。1956年に、一般教育科目の単位のうち、8単位に限り基礎教育科目の単位で帰ることができる、1970年に、3分野均等履修を緩め、総合科目の開設、36単位中12単位までを外国語科目、基礎科目、専門教育科目の単位で代えることができる、1991年に、設置基準の大綱化で設置基準上の科目区分としての一般教育は消滅する。
一般教育は人類・市民に関するもの、専門教育は職業に関するもの。同じ科目も教育の目的と方法で、一般教育にも専門教育にもなりうる。一般教育は、(1)効果的な思考の仕方(effective thinking)、(2)意思・感情・情意の伝達と発表の作用への習熟(communication)、(3)総合的相対的思考による判断(relevant judgement)、(4)価値判断の決定(discrimination among values)の4つの能力の育成が目的である。
日本の一般教育は、縦割り専門学部組織を維持したまま、アメリカ起源のリベラルアーツを押し込めるために、教養部という組織で吸収させたと言える。しかも旧制高校教員を教養部に封じ込めて、一つの大学の中に階層組織を作ってしまった。