2009/07/14

鼎談「大学、この100年」特集 大学の20世紀 IDE現代の高等教育 2000年12月 pp.5-29.

東京帝国大学が設置されたのは、明治19年(1886年)、京都帝国大学は明治30年(1897年)、明治34年(1901年)に旧制高等学校から医学部が独立して医学専門学校になり、官立高等教育システムが完成。1902年に東京専門学校が早稲田大学として最初の私学となる。大正7年(1918年)の大学令公布で、大学は帝国大学のみだったのから官立私立の大学設置が認められる。  

日本の政府は国立セクターを広げることで機会の平等かを図ろうとせず、エリートセクターとして残す努力をしてきた。大衆化・マス化は職業目的のはっきりしないgeneral studentsの増加を伴って進行する。国立大学はその受け皿にならず、私学がそれを担ってきた。昭和42年(1967年)頃からの大学入学志願者急増対策は、圧倒的に私学依存。

アメリカにとって私学を自由にするのは当然の選択。問題は、帝国大学を補完大学と同じレベルにどう引き下げるか。一方で、エリート型研究大学をどう残すかが、文部省にとって重要な選択。

大学院は研究者養成=修士課程は完結的でなく博士課程への前段階=プロフェッショナルスクール的なものは作らない=専門職業教育は学部教育でやればいい。最近までの支配的な考え方。

日本の戦後大学改革は、占領改革による形式的な画一性の手直し=一般教育と履修基準の弾力化であり、平成3年(1991年)の大綱化でそれが終わった。この時点で大学人の世代交代が完了した。世代交代で、大学改革の柱が理念から技術論へ移り、評価の方法等が問題になってきた。

アメリカに学ぶべき点は、企業体化の進んだ大学の中でなぜあれだけ教育研究が活性化され、高い質の教育研究が維持できるかという点。