2009/07/31

梅津和郎(2006)『大学経営を斬る』創成社


 本書は、著者による大学経営の私論である。そのため大学で働く人の意識を無視した極端な私見が展開されているが、学ぶべき点もいくつかある。
  • 日本には少子高齢化社会の構造変化に対応できる学部・大学院が不足している。特に、複数の専門職を持つテクノロジストの需要に対応できる専門職大学院・自然科学関係の夜間工学部がない。
  • 基本金は2重の意味で間違いを犯している。企業が内部留保を積み立てるのは利益を確保してからであるが、私大は先に基本金を差し引く。経営者にとっては当初から利益が確保される仕組みである。また、内容にも問題がある。第1号に含まれた固定資産を取得する目的で留保した預金等の資産は、利益の中から積み立てる事前的内容である。第1号には、校地・校舎・図書等のストックの取得価格を含む。これはすでに支払った事後的なものである。これは第2号から払われて処理済みである。第1号と第2号を合算することは、既に支払った額と、これから支払うための準備額を混同しており、二重計算になる。また、第3号は学生納付金から差し引くのではなく、外部から獲得した基金を充てるべきである。
  • 経営刷新の方向は通常、統合か分離のいずれかに収斂する。
  • 大学の生き残り戦略で一貫して重要なポイントは、政策決定プロセスには構成員に対する透明性と、恣意性を排除した合目的生が必要である。決定された目標に向かってはその遂行に伴うリスクを覚悟した経営・教学責任者のイニシアティブと責任感が不可欠。
  • 日本の私立大学は、学生納付金が収入の80%を占めているため、学生囲い込み運動に成果を上げようとして、大規模化を志向してきた。しかし、それでは経営が安定しても、マスプロ教育が浸透して大学卒業が通過儀礼化し、レジャーランド化することで、何の個性も特徴も持たない大学になってしまった。
 本書は、龍・佐々木型の大規模化、反リベラルアーツ型を否定する点は評価できるが、働く教職員の適応過程を無視した経営論は、トップの頭の中だけで考えられた見解であるという印象がぬぐえない。

2009/07/14

鼎談「大学、この100年」特集 大学の20世紀 IDE現代の高等教育 2000年12月 pp.5-29.

東京帝国大学が設置されたのは、明治19年(1886年)、京都帝国大学は明治30年(1897年)、明治34年(1901年)に旧制高等学校から医学部が独立して医学専門学校になり、官立高等教育システムが完成。1902年に東京専門学校が早稲田大学として最初の私学となる。大正7年(1918年)の大学令公布で、大学は帝国大学のみだったのから官立私立の大学設置が認められる。  

日本の政府は国立セクターを広げることで機会の平等かを図ろうとせず、エリートセクターとして残す努力をしてきた。大衆化・マス化は職業目的のはっきりしないgeneral studentsの増加を伴って進行する。国立大学はその受け皿にならず、私学がそれを担ってきた。昭和42年(1967年)頃からの大学入学志願者急増対策は、圧倒的に私学依存。

アメリカにとって私学を自由にするのは当然の選択。問題は、帝国大学を補完大学と同じレベルにどう引き下げるか。一方で、エリート型研究大学をどう残すかが、文部省にとって重要な選択。

大学院は研究者養成=修士課程は完結的でなく博士課程への前段階=プロフェッショナルスクール的なものは作らない=専門職業教育は学部教育でやればいい。最近までの支配的な考え方。

日本の戦後大学改革は、占領改革による形式的な画一性の手直し=一般教育と履修基準の弾力化であり、平成3年(1991年)の大綱化でそれが終わった。この時点で大学人の世代交代が完了した。世代交代で、大学改革の柱が理念から技術論へ移り、評価の方法等が問題になってきた。

アメリカに学ぶべき点は、企業体化の進んだ大学の中でなぜあれだけ教育研究が活性化され、高い質の教育研究が維持できるかという点。

2009/07/13

三和総合研究所「デザイン産業研究会中間報告書」平成6年9月

  • コトのデザイン:ネットワークデザイン、制度・仕組み・法律、企業戦略、コンセプトデザイン
  • 中間のデザイン:都市デザイン、インターフェイスデザイン、環境デザイン
  • モノのデザイン:インテリアデザイン、プロダクトデザイン、パッケージデザイン、グラフィックデザイン
デザインとは「ある一定の用途をもつものを作ろうとする時、それが用途にかない、しかも最も美的な形態をもつように計画・設計すること」。現在では、「ある目的に向けて計画を立て、問題解決のために思考・概念の組立を行い、それを可視的・触覚的媒体によって表現・表示すること」。

潮木守一(2000)「大学教授の100年」『IDE現代の高等教育』12月号 pp.34-38.

 研究大学が抱える矛盾は、アイデンティティを学園というローカルコミュニティに求めるか、それを超えた場に求めるかの対立とも言える。

2009/07/12

橋本鉱市(2000)「学位の100年」『IDE現代の高等教育』12月号 pp.43-48.

昭和49年の大学設置審議会における、大学院及び学位制度の改善についてという答申の中で、博士の学位は研究者として自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力とその基礎となる豊かな学識を備えていることの証明という性格を持つもの、とされ、従来の、独創的研究・研究を指導する能力が削除される。

オープンマインドで生きる。

「怒っている知識人」とか「不機嫌な研究者」というのは定義上「バカ」か「怠け者」か、その両方だということなのである。

いつもにこにこしている。この方々は、人間は「理解しがたいこと」を受け容れ理解しようと願い、それを受け容れるために脳の容量を押し広げているときに脳の情報処理能力が最高速になることを体験的にも理論的にも熟知しているからである。http://blog.tatsuru.com/2009/07/13_1100.php

2009/07/11

絹川正吉(1999)「「一般教育」の終焉と展開」『IDE現代の高等教育』11-12月号 pp.38-43.

 戦前の学制では、高等普通教育(人間教育・全人教育・リベラルアーツ)は、旧制高等学校で行われ、旧制大学には主として高等普通教育修了者が進学した。新制大学は、そうした旧制高等学校を大学の一部に取り込み、それを教養部として一般教育(高等普通教育)を担当させた。このことが、一般教育の問題を日本の大学へ複雑な形で持ち込むことになった。

 当初の一般教育科目は、人文・社会・自然から均等に合計36単位修得。これに工学部系から専門教育が不十分になるという批判が出る。1956年に、一般教育科目の単位のうち、8単位に限り基礎教育科目の単位で帰ることができる、1970年に、3分野均等履修を緩め、総合科目の開設、36単位中12単位までを外国語科目、基礎科目、専門教育科目の単位で代えることができる、1991年に、設置基準の大綱化で設置基準上の科目区分としての一般教育は消滅する。

 一般教育は人類・市民に関するもの、専門教育は職業に関するもの。同じ科目も教育の目的と方法で、一般教育にも専門教育にもなりうる。一般教育は、(1)効果的な思考の仕方(effective thinking)、(2)意思・感情・情意の伝達と発表の作用への習熟(communication)、(3)総合的相対的思考による判断(relevant judgement)、(4)価値判断の決定(discrimination among values)の4つの能力の育成が目的である。

 日本の一般教育は、縦割り専門学部組織を維持したまま、アメリカ起源のリベラルアーツを押し込めるために、教養部という組織で吸収させたと言える。しかも旧制高校教員を教養部に封じ込めて、一つの大学の中に階層組織を作ってしまった。

年金未納問題の本質 ~ 国民年金は損か得か?~

授業の教材として。

2009/07/10

ハロルド・パーキン(1990)「「イギリス病」と高等教育」『IDE現代の高等教育』12月号 pp.5-15.

 イギリス高等教育は短期間に専門家を要請する専門教育型。

 イギリスではエンジニアは二流市民で人文社会出身より俸給が悪い。

 オックスブリッジ、ポリテク、地方カレッジと強固な序列形成。フランス・日本と同様。  さらに、大学の序列が社会階層に基づく。

2009/07/09

大崎仁(1990)「英国高等教育のゆくえ」『IDE現代の高等教育』11月号 pp.15-23.

 1963年のロビンズレポート。英国大学の弱点は、学部教育の過度の専門化と不十分な大学院にあるとして、学部での幅広いコース大幅増加と大学院の拡充を強調する。しかし、大学はこれを実現する努力をせず、ポリテク中心の公立セクターを大学セクターに並列させる2元化制作へ。その背景は、エリート養成機関へ平均的な学生を取り込むことが困難と思われたため。大衆化する高等教育では職業教育が重要。

2009/07/08

潮木守一(1990)「イギリス高等教育の評価」『IDE現代の高等教育』11月号 pp.23-31.

 UGC/UFCの予算配分方式は、次の通り。

 各大学への予算配分額=c(教育活動+研究活動+各大学の特殊事情)

 ただし、cは調整係数で実際にはほとんど1。教育活動は学生一人当たり標準経費×所属学生数、研究活動は次式で決定される。

 研究活動=民間・政府部門との研究契約+科研費的な研究助成費+(基準研究費×所属学生数)+研究評価の結果

 UFCでは各大学の学科レベルでこれらを算定、その合計から授業料徴収分の差額を資金として配分する。

 UFCの研究評価は大学単位ではなく、各専門分野ごとの評価。具体的には学科レベルよりも若干細かい152種類の専門分野。これを大学教員と外部者を交えた評価委員会へ評価を委嘱。評価項目はいくつかあるが、評価基準はピアレビューなので、何をどれだけ重視するかは委員の裁量。5段階で評価する。科研費評価に非常に近い。このやり方には人文社会系と自然系の間で意見が分かれる。

2009/07/06

乾淑子(2009)「共感のためのリテラシーとしての教養」『世界思想』36号

大学の教養課程とか、旧制高校における教養主義という言説には、大学や旧制高校という場で学ぶ階層の問題が潜んでいる。その人々の父祖の世代における教養には漢籍があった。日本の社会における教育を受けた階層で通奏低音となっている知識が教養であり、それは当然、時代によって少しずつ変化していく。
幕末から明治にかけて西洋の文明に追いつき追い越すことを国是とした我が日本の中流階級の教養には、欧米に関するものが多かったのは当たり前である。
中流階級と高等教育がイコールで結ばれていた時代は既に過ぎている。私たちの日常で必要とされる知識の範囲は、日々多様化しており、その一部はアジア、アフリカ、中南米との関係である。

2009/07/05

舘昭(1992)「英国高等教育のゆくえ」『IDE現代の高等教育』11月号 pp.44-49.

 General Educationは、一般教育ではなく高等普通教育と訳すべき。欧州では、高等普通教育は中等学校で完成し、大学は専門教育の機関。米国では大学の1~2年次で完成する。日本では、高等学校で高等普通教育は終わるはずだが、大学でも一般教育が行われる。つまり、高等普通教育は、米国では大学で行われ、世界的には後期中等教育で行われる。その背景には、米国の主要大学は私立大学で、専門教育より安価な高等普通教育を行うことは、学生確保の面で有益となる面がある。

2009/07/03

特集「欧米高等教育の新動向」『IDE現代の高等教育』1993年11月

先進国に共通する高等教育のキーワードに、大衆化、財源の多様化、自治の増大と自助努力、専門教育の重視、評価、国際化がある。フランスの大学は、バカロレア取得者には原則的に無試験入学を認めている。よって入学者の急増は、学生の学力と志向の多様化に直結する。その結果、はじめの2年の過程で留年・中退者が続出する。取得者の50%が大学へ進学する。 フランスの高等教育制度は、大学とグランゼコールの二元体系。グランゼコールは、厳しい入学者選抜で入学定員を抑制することで、卒業生の価値の希少性を維持してきた。

ドイツの大学で在学者数が増加している要因の一つは、在学期間が長期化し学生が対流していること。大学における学習には標準学習時間が定められているが、これを超えて在学する者がほとんど。学生が自らの計画と責任に基づいて学習を進める、学習の自由の伝統があるため。また、修了試験が2回しか受けられないため、合格の見込みがつくまでなかなか試験を受けない。この状況を打開するために、従来無償であった州立の高等教育機関で授業料を徴収する案が浮上。

2009/07/02

示村悦二郎(1991)「設置基準が変わると大学はどう変わるか」『IDE現代の高等教育』9月pp.5-10. 

 設置基準の改正で最も大きくかわる点。

 大学において開設すべき科目を従来、一般教育、外国語、保健体育、専門教育という4つのカテゴリーに分けて具体的に提示していたことをやめ、各大学・学部・学科の掲げる教育目標の達成に必要な科目を開設するとしたこと

 大学に自己点検・自己評価の実施を求める規定が加わったこと

 4つの科目区分は、新制大学の発足時に新しい大学教育のモデルとして必要であった。設置科目の区分がなくなったということは、編成すべきカリキュラムは一般教育・専門教育それぞれの範囲だけで考えるものではなく、全ての関連する分野を統合したものでなくてはならない。

2009/07/01

清水畏三(1991)「私学にとって新設置基準とは」『IDE現代の高等教育』9月 pp.29-34.

 日本の大学は、戦前から学部が基本単位で、学部の連合体。教授会も学部単位が通例で、日本独自の学部自治がまかり通っている。その学部は専門志向・職業志向で、幅広い教養を志す米国流リベラルアーツカレッジは発展しなかった。

 大学の経営者は次第に弱体化・不在化する。国立大学を真似して、学長や学部長を公選する。米国では州立・私立を問わず、学長選挙などあり得ない。