2011/02/15

クリストフ・シャルル,ジャック・ヴェルジェ(岡山茂,谷口清彦訳)(2009)『大学の歴史』白水社


  • 大学とは,教師と学生が連帯して生み出していく多少なりとも自律的な共同体であり,そこでは高い水準で初夏目の教育が行われる。この意味で大学をとらえると,この制度は西欧文明に固有の産物で13世紀初頭に英仏伊で誕生した。
  • 初期の大学は,地域で違う。北部(パリ,オックスフォード)では,教師らの組合・学校の連合で,教会の影響が強かった。教育内容はリベラルアーツ。南部(地中海沿岸)では,学生らの組合で教師は排除されていた。教育内容は医学,法学で,学生の年齢は高く,裕福な指定が多く,教会の影響は限定的。
  • 14,5世紀に,君主や都市など政治権力が創設を決定して後に教皇が認可する大学が増える。有能で国家に奉仕できる役人(教養人・法学者)を育成し,法制国家イデオロギーを形成するため。
  • 初期の大学では,知識はアリストテレス,古代ギリシャ哲学だったが,原典(権威)の受容のみに不満な学生が,自ら都市を移動し大学を形成する。そこでは住民との対立が生まれるため,教会の庇護を受けることで自治を維持した。教育をプロフェッショナルなものにする必要が意識されるところから大学改革が進んだ点は,現在と同じ。
  • 16世紀以降になると,宗派の対立と,異教に感染することを恐れる国家君主の制限で,絶対主義国家が出てくる。国はエリート養成を管理下に置き,留学を厳しく制限。学生人口は伝統的大学ではなく,新興の都市大学で増えることになる。
  • 18世紀になると,学位は社会的流動性を保証するものではなくなり,平民出身の学生がいなくなる。印刷技術普及による人文主義と宗教改革の浸透で,騎士・宮廷文化が衰退の危機にさらされる中,大学の教養に魅力が集まるようになる。また,学位取得者の就職先の官職が世襲で独占され,余剰学位取得者が生まれる。この批判が出回ったことも大きい。この時期の大学の危機は,教育の形骸化が問題ではなく,当時の大学のイメージや社会での役割に生じた危機。
  • この時期,学位は容易に取得できるようになり,その数は計画的に急増した。試験の不正行為,学生の欠席,教員の欠勤,不十分な討議などが出始める。真の教育は大学の外,すなわち,親から子やサロンでの会話で獲得されるものとなる。
  • これに対する大学改革はドイツ・プロテスタント圏で始まる。ゲッティンゲン大学は,国家による管理,上流階級向け科目開設(舞踏,乗馬),現代的科目の開設(歴史,地理,物理,数学,行政学),ゼミナールの導入を行う。
現代の大学問題と同様の構造が過去にもあったことがよくわかる一冊。