2009/03/21

赤川学(2004)『子供が減って何が悪いか!』ちくま新書

 本書の基本的な主張は、社会政策は少子化を前提にした制度設計をするべきであり、少子化が進むからといって少子化を抑止する政策を通じた特定階層への優遇や排除を行うべきではないというものである。

 タイトルである子供が減って何が悪いかの意味は、政策・制度設計を出生率上昇策の効果・効率面から評価することをやめろという意味のようである。すなわち、男女共同参画が重要ならば(重要であるが)、それが出生率を低下させる政策であったとしても促進するべきであり、男女共同参画が出生率を上昇させるという解釈をするべきではない。

 本書の前半は少子化対策の根拠として示されるデータの脆弱生を、著者なりに明らかにする。出生率と女子労働率の散布図を13カ国のサンプルで示して相関を見ても意味がない、等の議論である。この中で、実証分析は現存する社会構造を前提にした分析であり、既存社会の構造から出生率の高さと相関する変数を探す作業である。しかし、政策提言は既存の社会構造を変革することであるから実証分析を基に政策を提言することは、過去の中に未来を探る作業であり、その限界に自覚的であるべきと指摘する(田舎が出生率が高いなら都市を田舎化すれば良いのか)。

 子供の数を規定しているのは、どういう都市に住んでいるかという生態学的な要因と、学歴・年収・従業形態等の社会経済的要因であり、既にキャリアを重ねてきた人には政策的介入で大きく変更できない要因ばかりである。

 少子化のデメリットは、生産年齢人口の減少による経済活動の萎縮・生産性の低下と若年対象市場の縮小、社会保障費の増大の2点。(少子化のメリットは、住宅問題解消、財政の好転(?)、通勤混雑緩和、レジャーの享楽、高齢者と女性の基幹雇用上昇を指摘するが、検証されていない)

 年金制度の廃止は出生率を上昇させる可能性がある。その根拠は、子供がもたらす喜び(消費的効用)に加え、子供がお金をさせぐ労働効用と、老後に面倒を見てもらえる生活保障効用が生まれるため。逆に賦課方式の年金制度は、子供の需要を下げ、次世代の再生産を抑制して家族システムを崩壊させ、自らを崩壊させる矛盾がある。年金の積立方式化でこの効果を減少させる可能性がある。

 賦課方式の下で世代間公平を測る基準は、給付代替率(生涯を通じての負担と給付の比率)と、所得代替率(高齢世代が現役時代の平均手取額の何%を受け取るか)の2つ。

 高齢化率の老年人口÷総人口よりも、養われる世代と養う世代の比率、(年少人口+老年人口)÷生産年齢人口の方が重要。高齢化率が高まると、一人当たりの生活水準を下げないためには産む子供の数を減らすしかない。

 少子化の別の要因は、女性の稼得能力上昇による機会費用の上昇。

 99年からスウェーデンで採用された年金制度は、(1)所得比例年金に一元化し、最低保証額に見たない場合は国庫負担、(2)拠出建ての賦課方式で、保険料拠出は年収の18.5%の固定、平均寿命の伸び・経済成長の変動で給付を調整、(3)18.5%のうち16%は個人別勘定で記録、年間所得に一人当たり賃金上昇率を掛けて16%の保険料拠出を積み立て、残り2.5%は実際に積み立てて個人別に運用。(概念上の積立で実際は賦課方式運営)、(4)61歳時点で積み立てた総額を平均余命で割った値が年金受給額で受給開始年齢を引き上げることも可能。これにより、負担と給付の関係が明確化、賦課方式から積立方式に移行する際の二重負担を回避、負担を巡る世代間公平も世代内公平も問題にならない、早期退職誘因・貯蓄率低下誘因がない。賦課方式は人口変動リスク、積立方式はインフレ・利回り低下リスクがあるが、この制度では年金債務が年金資産(保険料+積立金)を上回ると運用利回り(=一人当たり賃金上昇率)を下げる仕組み。