本書の基本的な違和感は、博士は有能で尊敬されるべき存在なのに、現状や待遇は異なっている、という前提をおくとも読み取れる記述の仕方である。すなわち、博士イコールあらゆる面で優れたスキルを有する人材という前提である。著者自身が述べているように、今日の博士は能力証明書であり、これだけ増えたのだから教員職にこだわらなくてもよいと考えられるが、そうした指摘をしながらも博士取得者を別の種類の人間のように主張する点が、読み手に違和感を抱かせる。
しかし、やはり博士は卒業証書にすぎない。研究ができることの証明は研究業績で、教育面での有能性を示すには教育業績で、そのたコミュニケーションなどのスキルは相応の実績で示せばよい。
確かに、文部科学省の政策に誤りがあったのは間違いない。しかし、それをこのような形で本にしては、著者の評判を逆に落とすことになるのではないか。
その他、興味深い点ならびに検討を要する点は以下の通り。
- うちは教員の博士取得率があまり高くない。三流私大出身の私が学位を取ってしまったことに不快感があったのかも。
- 大学院に誘った教員は最初から学生たちの未来を見通していた可能性があるのではないか。大学は、学校法人の中心である理事会によって意志決定がされ、経営戦略の中で何が優先されるのかによって、動きが生じる。
- 専任に就いた者の勤務日を週3日と記す。
- 専門をある程度極めた人間を、それと全く関係ない仕事につけることは、社会全体の不利益。博士の養成には多額の税金が投入されているため。
- 増えた博士を活かす方法として、高度なサービスの仲介者としての手数料収入を得る仕事。