- アメリカの学部は、高等専門学校相当。アメリカの大学院を含んでいた日本の旧制大学から大学院を切り落とした形になった。大学院を作るなら、旧制大学を基盤とするものでならなかったが、そうした基盤を持たずに大学院という制度だけが発足した。大学一元化の問題はここで、旧制高校の廃止より、旧制大学を学部レベル押し込めたことで、課程生大学院としての実態ある大学づくりの機会を逃したことが深刻。
- 大学制度一元化推進主体は、GHQのCIE。教育使節団でも教育刷新委員会でもない。それは、旧制高校(戦前指導者養成の中核)を存続させないため。
- 本来設置基準は、校地、校舎、定員、資産などの基準。教育課程は含まれない。CIEはこれでは全ての大学で一般教育が行われないと考え、大学基準協会の基準を設置認可基準として用いて、大学に義務づけた。
- 日本はアメリカみたいな4年リベラルアーツを考えていなかった。専門教育中心を変えずに、前期課程として一般教育をいれたが、理念を十分理解しなかったので、一般と専門を分断してしまった。修士課程も学部に変わる専門教育の場とは、当時の理解を超える発想だった。結局、学部から独立した組織としての実態が伴わないまま、大学院が形だけ発足した。
- 大学管理法が不成立となり、暫定的な教授会の権限がそのまま定着し、学部自治の慣行が全新制大学に受け継がれた。
- 内閣に直属する教育系審議会設置は、中曽根臨調(1984)がはじめて。
- 認証評価は目的が明確でない。設置認可に対して適格性認定は矛盾する。だから、教育研究水準の向上という目的がでてきてしまった。
- 政府主導で多様な大学を一律の基準で評価する制度は、経営者を学生や社会よりも監督官庁の方に向けさせ、結果的に大学の画一化をもたらす。
歴史の俯瞰としてはよいが、個人のエッセイにすぎない。