藤本昌代(2005)『専門職の転職構造』文眞堂
- 外部の集団への準拠集団選択行動が,個人にとって順機能であるか逆機能であるかは,社会構造の開放性/閉鎖性に規定される(Merton)。
- 移動の余地が低い場合:所属組織の規範に沿わない行動は,所属集団から排除される可能性がある。
- 業界トップの研究職の情緒的コミットメント:企業理念の浸透や終身雇用される企業内研究職共通の態度でもない。
- 専門職が所属組織に対してコスモポリタン的態度であるといわれてきたのは,所与の条件として移動可能性の高さと専門職集団への準拠が想定されていたため。
- 移動可能性は社会との相対性の中にある
- 転職することで何らかのメリット(社会的・経済的地位向上,研究環境・権限・社会的意義向上)があり,それが実現可能と予測されなければ,実質的に移動可能性が高いと認知することはできない。
- 準拠集団(reference group):人が自分自身を関連づけることによって,自己の態度や判断の形成と変容に影響を受ける集団。
- 予期的社会化(anticipatory socialization):将来参加するであろう社会システムの価値や規範,将来付与されたり独得されたりするであろう位置や役割に関する知識や態度,技能などを学習すること。
- 比較的開放的な社会構造の場合にのみ,予期的社会化が機能的(Merton)。
- 比較的閉鎖的な社会構造の場合(=外部集団への移動が困難な状況):外部集団への志向的態度は所属集団から「腰の落着かない奴」として排除され,外部集団からも所属集団からも受け入れられない境界人となる(=逆機能)。
- つまり,準拠集団選択行動が個人にとって順機能になるか逆機能になるかは社会構造が規定する。
- 研究者の移動
- 水平移動:基礎科学系研究者の多様な方面への移動(国立大学,政府系研究機関,ベンチャー)
- 垂直移動:同分野でのヒエラルヒーでの上下移動(学界・産業界での地位の移動)
- 相対的不満(relative deprivation):自己の評価に対する基準を他者に合わせることで,自己が不当に評価されていると感じることを示す準拠集団概念。
- A社の研究者の場合,学界は受け入れられたい集団としての規範的準拠集団であり,自己の地位を確認する比較的準拠集団でもある。
- しかし自己の地位の非一貫性を痛感させられる場合,彼らは学界を比較的準拠集団とはせず所属組織を産業界における比較的準拠集団として位置づけ,価値の内面化が起こる。
- 応用科学系研究が学界で低位に置かれる(=研究者が共有する学問的序列意識)→ 研究者たちは相対的不満をもつ。
- → 研究者の所属組織への愛着には,研究者が共有している学問的序列意識が影響を及ぼしている。
- 組織の地位は研究者にとって凝集性を高める要素。
- 移動可能性が低いと予測された場合,研究者といえども組織に依存的にならざるを得ず,組織は存続のための価値客体になる。
- 外部集団を見ている専門職であるからこそ,自己の相対的な地位が,業界での地位だけではないことを認識している。
- 業界での地位の方が学界での評価よりも高いことを知る → 2つの所属組織のうち,自尊感情を高める方をより重要な準拠集団として選択する。
- ← ローカル・マキシマムという非一貫的状態は研究者の自尊感情を脅かし,認知的不協和を起こすものであるため。
- プロフェッションの定義が時代と共に増加する新しい職業を包括できずに,常に定義づけを堂々巡りの中で行ってきており,その雛論に過度に集中しすぎた。
- スペシャリスト(⇔はジェネラリスト):ある1つの職務に精通している人。知識・技術の習得形態の違いを表現しているのであって,職業人を指す語ではない。
- エキスパート(⇔アマチュア):熟練者を指す。知識・技術の習得レベルの違いを表現しており,これも職業人を指す語ではない。
- オキュペーショナル・プロフェッション(⇔ステイタス・プロフェッション):(1)体系化された専門知識や技術の習得,(2)仕事へのコミットメント,(3)同僚への準拠,(4)職業団体による専門分野の評価システムの存在,(5)標準化されない仕事。
- 直接生産に結びつかないプロフェッションの基礎をなす科学技術の導入は,民間にゆだねることが不可能。
- → 最大の財源をもつ政府がその導入のためのスポンサーになる。
- → 多くのプロフェッションは官僚制という巨夫な機構により,その機構の一部として導入されることが多くなる
- → 科学自体が講座制という官僚機構の中で育成される
- → 官で養成して民に放出するをくり返す。(石村 1969:227)
- マイナスのプロフェッション:人々の不都合に対処するプロフェッション
- 専門職に援助を求めざるを得ないような不都合がある場合に,クライアントが救済を求めるため,その秘儀的な専門知識により支配関係が成立しやすい。
- ⇔ プラスのプロフェッション:クリエイティブの仕事。
- プロフェッションは組織に雇用されていても,(1)自己のアイデアを実行する自由,(2)仕事それ自体,(3)専門分野の深化,(4)役職にこだわらず専門を生かす,(5)というように専門分野を志向しており職業人性の強さを示している。
- 日本のプロフェッション概念はヨーロッパのようにキリスト教という文化的な背景がないため,キリスト教を背景としたエートスは輸入されず,制度だけが模倣された。当時,社会的地価位が低かった医師や弁誰士の職業威信は,政府の力によって確立されたといっても過言ではない。
- 科学は哲学からの自立に際して唯一性・普遍性が重要な要素であったため,具体的な技術を厳しく峻別した。
- エコール・ポリテクニク=工学の基礎として科学を教えるという現在の工学教育の原点となるカリキュラムを考案。→ 科学と技術の一体化というもくろみは,基礎は科学で技術はその派生に拍車をかけた。
- → アメリカで応用科学を確立。
- アメリカの研究者は大学という組織より,専門分野に忠誠心をもっている(=所属組織より専門職集団が重要)。アメリカの科学は経験から学ぶことで発展してきたが,アメリカの研究者たちはヨーロッパの伝統的価値意識によって確立された学問に対抗するためにプラグマティックな業績を重ねることで,伝統による正統性や名声に代わるものを手に入れようとした。
- 日本の植民地化を防ぐために,科学・技術を導入 → 世界で最初に総合大学(東京帝国大学)に工学部を組み込んだ。ヨーロッパの大学が技術を下位に置き,工学部の位置づけを試行錯誤している間に,スムースに科学と技術の結合を行った。
- → 専門的教育と実践的教育のサンドイッチ方式(工場実習に多くの時間を割いて,技術の習得を重視したカリキュラム)。
- → 工部大学校:1885年の工部省の廃省に伴い東京帝国大学の工学部と統合され,それにより分科大学として帝国工科大学となって文部省に移管された。
- → 工学部は帝国大学の他学科の影響を受け,教養主義的な学理伽偏重傾向の工業教育となった。実践できるエンジニア教育が幕を閉じ,工業教育がアカデミズムの中で下位に置かれる。
- → 原爆による戦争終結+スプートニクショック:アメリカで基礎科学が技術
- 革新をもたらす素因になるという認識。戦後はヨーロッパが疲弊していたため,基礎科学系研究の源泉となり得ず,アメリカは自国による基礎科学支持の科学政策パラダイムを打ち出した。
- → 日本の西洋科学輸入:体系化された学問が導入されたために,学問とはそういうものであると誤解してしまった。具体的な問題を解くことによって新しい学問分野を開拓しようとする態度はほとんど見られない。(奥田 1996)
- 潜在的な移動可能性とは,移動することが可能であると予測できることであり,現実的に転職行動を起こすこととは別。
- 日本の大学や政府系研究機関は,研究したらそれで満足してしまって,それ以上アイデアがない。アメリカの大学は「こちらにはこういう研究があるが,あなたの研究所とこのような展開をすれば,事業につながるのではないですか」といった具体的なアイデアとセットで売り込んでくる。
- 人材の流動性を抑制している要因のひとつとして年金制度などの社会保障に関するポータビリテイの悪さがある。
- 電産型賃金体系:基準労働賃金と基準外労働賃金とに分類。基準労働賃金=生活保障給・能力給・勤続給の3つで構成。
- 職位が上昇しても賃金が上がらない:肘掛付きの椅子を与えるなど,シンボルで職位の上昇を示す工夫をする。
- 勤続年数20年未満で他社へ移動することは,退職年金受給資格を失う。