2008/05/05

杉山幸丸(2004)『崖っぷち弱小大学物語』中公新書クラレ

本書は、小規模大学学部長による随筆だが、同意できる部分が多く励まされる内容であった。論理的、科学的な文章ではないが、勢いがあり読み物としておもしろい。
  • かなり多くの学生が免許や資格に直結するような、就職が有利になるような、就職したら直接役立つような実学だけを大学における学問として頭に描いているようだ。高い授業料を払いながら改めて専門学校に入り直す行動でわかる。
  • 多くの学生が望んでいるのは座っているだけで自然に頭の中に入ってくるような教育なのだろう。
  • 弱小大学では意欲的な小中学校の先生が試みていることを全てやって、その上大学らしい教育ができたとき初めて大学教授としての誇りを持ってもよい。大学教員は個性を発揮することが推奨されている存在だが、それは互いの考えを理解し合い、基本線が合意されなければ、ばらばらな教育が行われるだけ。
  • 学生は教員の鏡であり、教員は学生の鏡である。教員が態度を正しながら自分と学生を磨く覚悟がないなら、教員不適格者である。
  • 教育は教授法が全てでなく、最新の研究成果に基づく最新の知識をわかりやすく、学生の身近な問題、学生の将来を豊かにする問題として伝えられなければ、教育に対する信頼は得られない。経営者は教員に十分な勉強時間を与えなければならない。教員が自分の研究成果の意味、評価、分野全体の中での位置づけを教育の中に生かせてこと、教員に対する学生の信頼度が増す。
  • 大学が自分たちをどんな風に見て、どんなふうに扱っているか、ぐうたらに見える学生は怖いほどクールに見ている。学生は人生をそれなりに考えている。大学上層部は子供や物品を扱うように学生を管理する見方をしてはならない。
  • 先生は何が楽しくて遅くまで研究室に張り付いて、時に休日まで費やし、そんな役に立ちそうもないことに情熱を燃やしているのか。それを学生に伝えることが大事。
  • 先生と言われたときから言う人と同じ地平に立つことは難しい。少し余計に我慢し、弱者の立場に立つことこそが重要。学生と同じ地平に立っても先生でいられることが大事。同じ平面で勝負し、学生より多く努力しなければ勝てるはずがない。駐車場は必要度の高さで決めればよい。
  • 長になったら自腹を切ってでも自分に批判的な人材を身近に配置しおくべき。高みに上がるほど、下からの声が届きにくくなる。下からの批判が聞こえたらほんとうはその数倍あると思えばよい。
  • 学長は社会の中で信頼に足る実勢をあげた人物でなければならない。弱小大学だからこそ、第一級の業績と力を持った人物を頂点に据えるべき。学生は学長が誰だって関係ないと思いながら、本当は誇りにできる学長を欲しがっている。胸を張って他人に名乗れる大学であり、学長であってほしいのだ。
  • 長は自分お考えを抑えてでも下の意見を採り上げなければならない。自分の意見を述べるときは十分にかみくだいて説明し、理解してもらわなければならない。
  • 自分の研究をどんな相手にでもわかってもらえるように説明できなければ、自分の研究を十分に理解していないことである。30分と言われれば30分で、3分と言われれば3分で説明しなければならない。
  • 著名人が、学生時代ろくに授業に出なかったがその後の人生で何も困らなかったなどと、嘘をつくのはやめてもらいたい。その人だって、学校を足場に何かに集中していたはず。それでも単位をとって卒業した秀才の部類。誰でもそれで成功するような惑わし方をしないてほしい。
  • 学校教育とは、普通の人間が普通の社会で人生を送れるような、普通の若者が元気を出せる教育であり、普通の若者が社会のルールを守り、調和を保って生きられるような常識ある人間を育て、普通人がささやかな反撃をする機会をつくるものである。