2017/07/27

広島大学高等教育研究開発センター(2017)『大学運営におけるリーダーシップ』高等教育研究叢書 138


(菊澤)
  • 市場取引はただではない。このような取引上の無駄のことを「取引コスト」といい,会計上には現れてこない,人間関係上の見えないコストである。
  • 取引コストが存在すると,社会的にみてより良い方向へと変化することによって得られる個別利益よりも,変化するために発生する人間関係上のコストの方が大きい場合,たとえ現状が非効率で不正であっても,現状を維持する方が合理的となる(合理的不正や合理的非効率が発生する)。
  • 不条理を解決するには,取引コストを節約する制度を事前に形成しておく必要がある。
    • 大改革が必要なときには,外の人をを選任する。
    • 危機的状況は従業員に知らせる。
  • ダイナミック・ケイパビリティ:「変化対応自己変革能力」= 新しいものをゼロから形成する能力ではなく,既存の能力,既存の資源,資産,知識,技術を再構成・再結合し,さらに高い価値を生み出そうする能力(取引コストより大きい価値を生む能力)。3つに分けられる。
    • Sensing:環境の変化,機会,そして脅威を感知する能力
    • Seizing:機会をとらえて補足して資源を再構成する捕捉能力
    • Transforming:持続的な競争優位を獲得するために組織全体を変容する能力
  • ドラッカーの「顧客の創造」というのは,多くの人たちが誤解しているが,実は「経営者は自由人たれ」あるいは「経営者は自律的であるべきだ」ということの言い換え。
    • 損得計算の予想がマイナスであったとしても正しいもの好きなものは実行し,損得計算の予想がプラスでも不正なものは実行しないということ。
(羽田)

  • 限定合理性があるにもかかわらず,なぜ大学の中ではそれを自覚せず,完全合理性があるかのような主張が日常的に行われるか。
    • 研究者は自分たちの専門領域での研究を行い,その成果を公表しながら行動様式を形成するが,その行動様式は,それぞれの分野の専門性に依拠した完全合理性を前提とする。そこで成功した思考様式がそのまま,大学運営や組織改革に応用される傾向が強い。これは,認識と行為における負の転移効果であり,自分の属する組織や経験に基づく知見ですべてを解釈し,それにそぐわない事実や見解を排除する行動様式である。
    • 完全合理性をめざすための情報収集・分析,意思決定の煩雑さとコストを回避するために,政府の発する政策・方針に沿った意思決定を行う行動様式があるため。
  • 取引コスト理論は,単独で理解するのではなく,企業組織が多様な関係者の利益実現であることと一体に扱う必要がある。
  • クラークのトライアングル・モデル:
    • 業務の特質に応じた機関内部の権限体系と,それを積分した国レベルの権限体系の説明からなり,機関内部の重層的な組織編成と文化がもたらすメカニズムの違いはよく説明されている。
    • しかし,国レベルのガバナンスの説明としては,政府・大学官僚などのようなアクターが行う意思決定と,多様なアクター間での交換・取引を通じて行われる決定とは意味が違う。
    • これら3つが等化されるのは,アメリカ政治学の機能主義的性格が基盤にあるから。
  • 高等教育における市場は疑うべき命題。
    • 日本の高等教育研究では「疑似市場」といった一般論で片付けられている。
    • 多数の研究が,高等教育においては,シェアド・ガバナンスを含む分権型が適合的と示唆するのにもかかわらず,近年の大学ガバナンスの政策的具体化は,学長への集権に特化している。
    • その理由は,官僚モデル組織論とコーポレート・ガバナンスの奇妙な混合理論が形成されている側面と,新古典派経済学とそれを基盤にする新自由主義の視点においては,組織内部の葛藤・調整は視野に入らず,高等教育機関が市場における供給者としてしか把握されない側面が関係している。
  • ダイナミックケイパビリティは,変革を推進する行動原理を,利益ないし利潤のような損得計算ではなく,価値問題として扱うことと重視し,実践理性に基づくことを提言している点に注目すべき。公共的性格を持つ大学であればこそ,この視点は重要。
  • 組織研究は,政治学,経済学,社会学,心理学にまたがる。
  • 新制度経済学が,企業組織を研究するアプローチとしては,プロパティ・ライツ理論,取引コスト論,プリンシパル・エージェント理論がある。
    • 取引コスト論をベースに組織論を構成すると,組織内に分業化された職務の構成要素が独立し,相互依存性が少なければコストは減少し,高度な分権化が1つの解になる(部局への分権化と単科大学化)。
    • 高等教育の世界では,組織が相互に依存し,連携するほど統合的な機能が高まり,範囲の経済が高まる(集権化と総合大学化)。相互に背反するこの命題についての最適解は,どのように案出されるのか。
(藤村)
  • 国立大学の法人化 = 積年の取引コスト(同僚制支配)を精算するために,財産の所有と経営を分離しつつ,経営権を学長に委譲することで代理人問題を解消することができるようになった。
    • 文科省と国立大学の関係は,直接的な統治から金銭を媒介にした間接統治に移行し,間接統治のツールとして大学間と部局間に競争を組織化することで,政策的意図を組織の末端まで貫徹させることに成功した(法人化前にはできなかったヒエラルキーの構築が,「契約関係」に持ち込むことで可能になった)。
    • したがって,司令塔としての学長の使命は,損得勘定ならぬ数値目標(世界大学ランキング)とスタンダードを設定し,いかに実働部隊である大学構成員のエフォートを引き出すかである。
    • 独立行政法人の枠に入れた国立大学法人法は,急ごしらえで規律密度が薄く,行政の裁量が入り込みやすい法である。そのことを食い止めるために,法人化にあたって衆参議院で国立大学の自主的・自律的運営の確保を配慮した国会附帯決議がなされたはずだが,すっかり忘れられている。
  • 結果として,かつては全学ワーキング・グループで議論していた重要事項は執行部マターになり,管理職であるはずの教授が全学的意思決定に参加する機会は失われた。同僚制支配=分権化がもたらす「水平的なジレンマ」は解消されたが,執行部と部局構成員の間に面従腹背と疑心暗鬼という「垂直的なジレンマ」が生み出された。
  • 調整トライアングルの内,政府と市場の力が強まる新たなステージに入った。そこで課題となるのは,権限の大きさ云々よりも,アメリカと異なり,上級管理職マーケットを持たないわが国の学長や副学長・理事の経営能力や職能成長である。
(大場)
  • 大学ガバナンス改革は世界的潮流
    • 政策:機関の裁量の拡大とそれに伴う財源の多様化,評価制度や質保証の仕組みの整備等。
    • 学内:企業的経営手法の導入,執行部の権限拡大や利害関係者の大学運営への参加。
  • 大学の組織構成や権限配分の在り方(ガバナンスの公式的側面)と業績の関連性についての研究が取り組まれたが,両者の間の直接的な関係は見出し難いということで結論は一致している。
  • 大学においては依然として学術的な背景が重視され,企業と同様のリーダーシップが求められる訳ではない(大学組織は他の組織と異なる性格を有し,求められるリーダーシップは同一ではない)。
  • 法人化後の国立大学では,教学と経営の長が学長であるといった教学・経営一体型のガバナンス構造が採用された(諸外国においてリーダーシップの普遍性が強調されていることと相反し,制度的にも世界に類例を見ない管理運営システムとなっている)。
    • この特異性は,国立大学法人制度導入が大学改革の一環として行われたのではなく,国の行政改革の枠組みの中で独立行政法人制度を基礎として制度設計が行われたこととに起因している。
  • リーダーシップの構成要素(ロスト)
    • 関係は影響力に基づく
    • 先導者と追随者はこの関係にある者である
    • 先導者と追随者は真の変革を追求している
    • 先導者と追随者は共通の目的を設定している
      • 国立大学法人制度設計が学長を最終意思決定権者として位置付ける一方で,学長のリーダーシップについて論じたことは,権限の問題と影響力の問題を混同したものと解される。
  • クレイマーの信頼研究:高等教育研究においても,大学が機能するためには構成員間の信頼が不可欠であるとする研究は多い。
  • 日本のガバナンス改革政策は,先行研究に依拠すれば効果が期待できないばかりか,大学の業績低下に繋がる恐れが否定できない。
    • マネジメント手法の問題を権限体系の問題に還元し,権限と責任の体系を構築することで組織が円滑に機能すると想定する官僚制モデルに陥っている。
(太田)
  • 専門職組織と非専門職組織:専門職組織においては,最高の権限を握るのは専門職自身。
    • よって,大学も学長など最高の意思決定者は研究者または教員でなければならない。→ 専門職組織もその規模が拡大して管理機構が必要になり,組織の論理で動くようになると様相が変わる。
    • 専門職は,専門家社会と所属組織に対してダブルスタンダードで関与する。
      • 非専門職を前提にした経営学の理論やマネジメントの手法が専門職に対してはそのままでは使えない(組織は専門職を限られた範囲でしかコントロールできない)。
  • 研究や教育に直接関わる業務を除く狭義の学内行政は,教員が直接関わるより,職員に権限委譲(移譲でない)したほうがよい。
  • 学長を中心にしたトップのリーダーシップについては,対象を職員と教員に分けて考える必要がある。
    • 一般の職員に対しては,伝統的リーダーシップ理論がほぼそのまま応用できる。
    • 専門職に対しては,プロフェッショナルとして意欲と能力を発揮しやすい環境を整備するとともに,成果につながるような活動を支援すること(インフラ型リーダーシップ)。