- コルブの経験学習理論の問題
- 各局面での移行が説明されていない
- 4つの局面を構成する理解と変換の区別が直交する必然性がない
- 子供期と大人期の違いが説明されていない
- → 理論に欠如する点
- 社会的要因への考慮がない(各局面は個人的な営為として捉える)
- 情動的要因が考慮されていない(認知面に偏った理論化,思考と行為を二分法で切り分けることが誤り)
- 情動的要因
- 感情が動くことで経験への意味の探究が導かれる
- ブード:経験から生じる学習の5つの命題
- 経験は学習の基盤であり,学習を刺激するものである
- 学習者は自らの経験を積極的に構築する
- 学習は全体論的なプロセスである
- 学習は社会的・文化的に構築されている
- 学習はそれが生じる社会的・情動的文脈の影響を受けている
- 行為の中の省察がなぜ生じるか
- 情動的要因に関わって生じる → こうした関心に導かれながら認識を深めるべく省察していくことで,認知的・情動的葛藤を解きほぐし,対象との関係や他者との関係に関する経験の意味をくみとる。
2017/04/27
河合亨(2016)「「体験の言語化」における学生の学びと成長」『体験の言語化』第7章,成文堂,158-188
2017/04/26
苫野一徳(2017)『はじめての哲学的思考』ちくまプリマー新書
- 一般化の罠と問い方のマジックに気をつける。
- 信念をぶつけ合うのではなく,信念がどのような欲望や関心から編み上げられたかを吟味する。
- いじめはだめ → どういう条件が整うと人はいじめをしてしまうのか
- 超ディベート:
- 対立する意見の底にある欲望・関心を自覚的にさかのぼり明らかにする
- お互いに納得できる共通関心を見出す
- 共通関心を満たしうる建設的な第三のアイディアを考え合う
- 事実から当為は直接導けない
2017/04/20
中澤渉(2014)『なぜ日本の公教育費は少ないのか』勁草書房
- コールマンの教育機会の平等の4つの要素
- 労働市場に出るのに適切な教育を誰でも無償で受けられる
- 社会的背景によらず誰でも同じカリキュラムで授業を受けられる
- 異なる背景を持つ者が同じ場所で同時に学ぶ
- 公教育が税金で運営される以上,ある所与の地域では同じ教育が受けられる
- 近年の教育改革は個の要求を満たすために市場主義的改革を行うが,学校が公費で運営されなければならないという疑問には3と4が関連する。
- 階級・人種・性による能力差はカテゴリーの差(遺伝的能力差)ではなく,環境の差が原因。ここに教育の介入する余地がある。
- ペーパーテストの手続き的公平性が,入試結果を実力や努力の反映と考えやすくさせる。
- アメリカ人が政府に頼ろうとしないのは独立運動に求められる。→ 大学が寄付金で支えられる。
- 学校の官僚制の特徴(カッツ)
- 統制と監督の集中化(教育委員会など)
- 機能の分化(部局制,専門教科分化,学年制など)
- 職務に対する資格の要求(客観的資格による任用と昇進)
- 客観性・専門性(素人を排除し,改革や決定は専門的行政官を通じて行われる)
- 正確さと一貫性(統計データに基づく行政的決定)
- 用心深さ(組織内人材の勤務態度や学校運営への評価を行い,評価結果を一部の上位職のみに限定することで権限強化と個人情報保護がはかられる)
- 教育制度が機能主義的な目的を持って設置されたわけではない。近代国家が備えるべき制度として学校制度を作ったに過ぎない(=制度的同型化)。
- 公教育負担が少ない=家庭の高負担?⇔教育費が高すぎる?
- 公教育費上昇にかかわらず私費負担も拡大(末冨 2010)。
- 教育費負担を自由-平等と厚生-効率の2軸で整理すると,日本の公教育費支出は効率-平等 → 機会均等としての義務教育と選択の自由としての高等教育。
- ポスト産業社会への移行の4段階(テイラー・グッビィ)
- 女性の社会進出,男性労働力参加減少 → 女性の教育・労働市場機会均等
- 社会的ケアを要する高齢者増 → 国の福祉サービスコスト増
- 労働市場と教育の関係強化,低学歴者の社会的排除リスク増
- 国家財政引き締め,民間年金拡大
- 日本は新自由主義の影響を受けた小さな政府という指摘は,政府の支出構造からは言えず,保守主義レジームの大陸欧州に近い。人々の政府に対する感情は,アメリカと異なっている。
- 納税者はメリットを感じる支出を正当と考える=教育は現役か子供のいる人,社会保障は全ての人が正当と考える。
- (社会人大学院が普及すれば変わるか?)
- 日本人は政府への信頼感が少ない(顔見知りは信頼するが,知らない人への信頼感はアメリカ人より低い。ただし,学歴が高いほど高い。)。→ 双方向教育の充実が必要(?)
- 政府債務の規模は,政府規模ではなく税収調達能力に依存する。日本は財政的に見れば相当小さい政府だが,それでも無駄の削減や公務員削減が掲げられる。← 低コストで政府が権力を発揮するには規制をつくること。日本は規制が強い。
- 日本人は公と官を混同している。公立学校=お上が設置した学校,≠ 税金負担による共同運営学校。
- 公はみんなが利用するから少しずつ負担して共同管理しよう。
- 官から民へ:共同管理を飛び越して公の管理を個人・企業に任せるという発想。
- 国立大学授業料は,私立からの圧力で値上げされた。
- 国立大の学部別授業料が検討されたのは1988年。
- 内閣の交代が不明確は場合,安定した統治のために強固に組織化された官僚制が形成される → 組織志向型官僚制では,官庁組織が民意と離れた組織を強固に構築する。
- 税の問題が負担でしか話されず,その使用で得られる利得の話がされない。
- 日本人の間では,教育は公的な意味を持つものと認識されていない。一方で,教育の公的なベネフィットを感じる場面も少ない。
2017/04/12
今井康雄(2015)「教育にとってエビデンスとは何か」『教育学研究』82(2),2-15
- エビデンスが受け入れられない背景
- 養成時の教育に縛られる専門職の態度
- 受け入れに値するエビデンスを算出していない研究(→ 何をいかに研究するかの決定を研究者コミュニティに委ねず,実践者や政策立案者が関与すべき。研究の自由度は失われるが,研究の発展には得るものの方が大きい(ハーグリーヴズ))。
- エビデンスが鉄壁となるには,ランダム化比較試験とメタアナリシスが必要。
- ランダム化は,当の薬以外の要因を相殺・無効化するため。
- 学級規模問題:小クラス=成績向上,しかし,「学級規模の縮小が児童・生徒の学力向上につながる明確な因果メカニズム」が明らかにされていない。
- 要するに,RCTは途中経過をブラックボックス化する。
- PISAのエビデンス化=それがエビデンスであることによってではなく,それがエビデンスと呼ばれることによって威力を発揮している(=正味の証拠能力のみを当てにする限りは無力)。
- → 一旦政策側にエビデンスとして受容されれば,たとえ専門的なエビデンスの基準を満たさなくとも政策を方向付ける威力を発揮する。
- PISAはRCTではないが,途中経過を無視することで教育の出力を数値化し,歴史的・文化的文脈を異にする教育制度の間での一元的な国際比較(ランキング化)を可能にした。
- エビデンス擁護派:正味の証拠能力に即してエビデンスを論じる
- 唯一意味のある研究上の問いは教育手段・教育手法の効果についての問い。
- エビデンス批判派:エビデンスの政治的・レトリック的効果について論じる
- 何が「効果的」であるかは,何が教育的に望ましいかについての判断に異存する。
- → 両者の議論はかみ合わない。
- 治療エビデンスは治療に関する個々人の専門知に情報を提供することはできるが,それにとって代わることは決してできない。外的なエビデンスが個々の患者にそもそも適合するか否かを決定するのはこの専門知(expertise)なのである。
- EBM=権威(教科書や大家)に目を向けることの見直し → 標準ガイドラインや説明責任に横滑り。
- なぜか?:応答責任が根づくべき生活世界から切り離されたところでエビデンスが産出される = RCT のような実験的な状況でこそエビデンスは産出されるという想定(近代科学の思想)。
- 生活世界こそが明証性の基盤(フッサール)→ エビデンス(=実験の結果や大規模調査の数値)は,それ自体として明証性を保証するものではない。
- EBEにおいて構想されているエビデンスは,こうした生活世界的検証の通路を欠いているがゆえに,応答責任を支えることが構造的にできない状態に留め置かれている。
- エビデンス指向の教育学が応答責任を支えられないのは,学習の経験という途中経過をブラックボックス化し,もっぱら学習の帰結からエビデンスを採取しようとしているため。
- エビデンスは,近代科学的なエビデンス(証拠・論拠)の方向と,生活世界的なエビデンス(明証性)の方向へと引き裂かれており,前者は教育の説明責任を,後者は教育の応答責任を支える。
- 学習の経験は,その帰結によって測ることはできず,過程を意味づける個別的な応答責任によってしか把握できない。⇔ 生活世界的な明証性に支えられているという思い込みから,独断論に陥る危険を持つ。
- 教育・教育実践はエビデンスで確実な支えを見いだせない = 教育実践に自由空間を与えている。
- 教師が判断の自由を持つことは,倫理的な要請というよりも教育の構造的条件である。
2017/04/11
北島江里子(2017)「スウェーデンの大学における教育の質向上への取り組みと教職員の能力開発」国際協力員レポート・スウェーデン
- Senior lecture,Associate professor,Professorの職を目指すものは,原則として高等教育における教育学について15単位を取得していなければならない。
- docent取得が教授及び准教授になるための必須条件。学生の教育と研究指導の両方を担当する全教員が,その職にふさわしい能力を身に着けていることが docent によって証明されている。
- スウェーデン王立工科大学(KTH)では,研究員を含む全ての教員に対し「大学における新しい教育学」=「教えるのではなく,学ばせるための教育学」を15単位分学ぶことが義務付けられている。
- 基本コース
- Basic Communication and Teaching(3単位・80時間・9週間),オンライン課題,グループワーク,フィールドワーク。
- Teaching and Learning in Higher Education(7.5単位・必修),グループワーク,プロジェクト。
- 発展コース
- Learning for Sustainable Development(4.5単位)
- Develop the Learning by Using Grading Criteria(1.5単位)
- Leading Educational Development(3単位),教育リーダー養成コース
- Supervision and Assessment of Degree Project Work in First and Second Cycle(3単位)
- Examinership for Courses at KTH(1.5単位)望ましい試験のあり方や試験監督の役割についてオンラインで学ぶ
- Creating Online and Blended Courses, Project Course(1.5単位)
- 研究指導担当教員向けコース
- Doctoral Supervision
2017/04/10
藤江康彦(2017)「「発問」づくりの大前提」『看護教育』58(4),2017年4月,254-260
- 発問の役割:学習者の認知や情動を活性化すること
- 学習者に問い方を教えていく(豊田)
- 発問のみに着目しても意味がない:発問は授業参加者間のコミュニケーション過程に適切に位置づいてはじめて意味を持つため。
- 発問の3つの誤解
- 発問は理解を促すために行う:間違いでないが正しくは,発問は理解のための思考をうながすものであること。発問が直接理解を促すわけではない。
- 教材を巡って問いを立てて思考する経験の蓄積が専門職としての資質能力の基盤をつくる
- 発問にはすぐ答えが返ってくることが望ましい:よく考えられた発問ほど,学生からの反応がよいと考えがちだが,重要なのは学生が問いを持ち,その問いを時間をかけて追究することを目指して発問がつくられること。
- よい発問づくりには教材研究が大切である:発問が本当に学生に問いを持たせるかを検討する必要がある。発問づくりでは教材研究と共に学習者研究も必要。
- 教員に必要なのは,教える内容の知識だけでなく,それを授業の場で学生にどう出会わせるかを含めた知識(PCK)。
- 発問を作るポイントは,教員が教えるためのものではなく,学生が学ぶためのもの。
- → 発問は技法化できない,学ぶためのものなので技法化しても意味がない。
- → 教員の役割は足場かけ。
- よい発問の基盤には,能動的学習者観が必要。
- 人は,認知的葛藤の状態で学びたいと思う。生活実感を理論に照らすと実は違う,経験としてわかるがうまく説明できない,専門家と非専門家で立場や見え方が異なることに関する教材や発問が有効。
- 学生の思考を促すには,教材・課題の構造を3つの過程でとらえる。
- 教材との対話:その教材がどういう事象を表すか,どういう問いを投げかけるかを学生なりに考え,向き合う時間。
- 自己との対話:学習者なりに取り出した教材の構造を言葉や記号などの道具で表現する過程。
- 他者との対話:具体的な現象から仕組みや原理への言及を促す発問で,わかったことを蓄積し,自分なりにまとめて使える状態にする(=理解する)。
- そのために教員は学生に言葉が生まれる工夫が必要:授業中の情報の流れを可視化する板書,学生が教材と向き合うためのワークシート,グループ内での言葉の生成と校リュを記録するもの。
2017/04/07
池西静恵(2017)「実践的思考力を育てる「発問」」『看護教育』58(4),2017年4月,262-267
- 思考は固有の形式(分析,総合,比較,一般化など)で深化・発達する。思考するとは,これらの形式を接続詞で綱供養に仕向けること。
- 夫婦関係が疎遠で1階と2階に分かれて暮らす夫婦
- 「この夫婦は家族と思うか」(Yes/No)
- 「なぜそう考えたのか」(分析)
- 「家族と言うには何が大事か」(総合)
- 「フリードマンの定義はみなさんが考えた家族の要素の何を大事にしているか」(比較)
- 発問づくりとは,教材をつくり,それを学生にどう提示し,どう問うかを考えること。
- 3つの発問づくりのこつ
- 情緒的活動を促し,心に響く問い(患者の思いや苦痛が伝わるもの)
- 知的好奇心を喚起する問い(生活的概念と学問的概念との違いに気づかせるもの)
- 問題解決を迫られる問い(看護場面で活用する必要性が実感できるもの)
- 発問の3原則(向山)
- 知覚語で問う(患者は何を見ている?どう聞こえたと思う?患者はどう感じていると思う?)
- 選択さえる言葉で問う(専門知識が必要なことは選択肢を示してどっちだと思う?)
- 発見させる言葉で問う(選択の上で,家族って何だと思うという語で問う)
- 実習での発問は,クリティカルシンキングの条件
- 患者の理解配慮(思いのうけとめ),情報・事実の把握,事実に基づく適切な判断,援助の根拠(エビデンスと論理性)の4つ。
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