2009/08/25

中野民夫(2001)『ワークショップ―新しい学びと創造の場』岩波新書

 本書の基本的なメッセージは、ワークショップとは、長い時間を掛けて深い学びをするための方法であり、だからこそまず輪になって座ることからはじめることだ、という点であろう。

 本書で述べられているワークショップは、自立した学習者である大人が一定のレディネスのもとに参加するものという暗黙の前提が置かれている。我々が日常で直面するワークショップは、必ずしも大人と言えない、レディネスの多様な参加者で構成されるワークショップである。これは、そもそもワークショップとは呼ばないのかもしれない。
  • ワークショップとは、参加体験型のグループ学習であり、参加、体験、グループが特徴を表している。
  • 体験は、知性(Mind)、からだ(Body)、感情(Emotion)を使い、直感・霊性(Spirit)も動員するホリスティックな学びである。
  • 余裕のある大人のプログラムで、そう簡単には学んだり変わったりできない私たちの変容を徐々に深めていく。深い学びのためには、それなりの時間を掛けることが必要であり、短時間で速効を求めるプログラムは危険である。
  • ワークショップは目的やねらいがあって企画されるが、意図した結論を押しつけたりはじめから落としどころを決めつけているようでは、よいワークショップとは言えない。効率よい学習はむしろ洗脳に近く、有害ですらある。
  • 非日常による中毒性と、忘却することという危険性がある。
  • 洗脳のプロセスは、(1)参加者を日常の世界から引き離して隔離する、(2)精神的に空白の状態に追い込む(不眠・断食等)、(3)教義、思想、イデオロギーを注入する、(4)思い切って壁を乗り越える体験をさせる(勧誘等)
  • 数日のワークショップで、人間が急に変化したり、問題が一気に解決することはない。少しずつ努力を重ねる以外に、変化は起こらない。
 となると、ワークショップの価値は、個人が対等でそれぞれが尊重される平たい場で、安心して率直に自分の真実が語れる場であることだ。今の短期で成果を求めるワークショップブームに、一定の警鐘を鳴らす考え方と言える。一歩進めると、授業こそワークショップの場として最適なのかもしれない。