本稿の主張は、大学の職員に必要な資質が、(1)コミットメント、(2)広い興味関心、(3)3つの知識の3つであり、知識は(1)教学・経営関係法令、交付金・補助金などの知識、(2)経営(経理・財務・戦略・マーケティング・人事)の知識、(3)国内外の大学のGPの知識の3つを指すというものである。それよりも面白い指摘は、大学人は経験したことない仕事をたらい回しにしてチャレンジしない傾向についてである。
基本的に民間企業であれどこであれ、仕事をする場合にはそれまで経験したことがないものが大多数であり、自分の仕事でない、前例がない、上から指示されていないと言っては新しい価値は何も生まれない。よって、(1)持ち込まれた仕事は基本的に拒否せず引き受ける、(2)自分で手に負えないと判断したら必ず担当してくれる人を見つけ、その人が処理できる道筋をつける、の2点が基本的な仕事のやり方である。
また仕事が持ち込まれたときは、一貫して原理・原則に従って考える。具体的には、(1)学生・社会・教職員の順でステークホルダーの利益になるかを考える、(2)大学が目指す方向と合致しているか考える、(3)費用対効果の適切性を考える、(4)方法の適法性を考えるの4点で、規則や前例は仕事のプロセスでテクニカルな問題として対応する。
2008/12/11
2008/12/09
赤堀侃司(2004)『授業の基礎としてのインストラクショナルデザイン』日本視聴覚教育教会
題目が示す通り、本書はIDに関する文献である。残念ながら、先行する文献と比較して新しい点はほとんどない。理論書ではないが、実践者を支援するものでもない。授業のテキストを念頭において制作されたものとのことであるが、制作のコンセプトが見受けられず、既存の原稿を集約して出版したと思われても仕方ないものとなっている点が、残念である。
プレゼンスライドの上部に、緒論から結論までの構成を常に提示するノウハウは使える。
ブルームの認知に応じた質問の仕方がある。
プレゼンスライドの上部に、緒論から結論までの構成を常に提示するノウハウは使える。
ブルームの認知に応じた質問の仕方がある。
- 知識:~は何ですか、もう一度説明して下さい。~と~は同じですか、違いますか。
- 理解:~はどういう意味ですか。~はなぜですか。
- 適用:~はどういう場合に役立ちますか。~はどこに適用されていますか。
- 分析:~はなぜか理由を言って下さい。~と~はどのような関係ですか。
- 総合:~から考えると~になりますがどう思いますか。~についてあなたの考えを述べて下さい。
- 評価:~についてのあなたの考えは、この点が矛盾すると思います。~については面白いですが、~についてはどう思いますか。
2008/12/06
橘由香(2004)『アメリカの大学教育の現状』三修社
- モンタナ大学のFDで「教師の資質は生まれつきのもので、努力によるものではない。いかに努力しても根本的な資質を変えるのは不可能ではないか」という問いに対して、ワークショップ担当者は誰でも努力次第で優れた教師になれると答える。その方法として、自分の専門領域だけでなく、ティーチングに関する分野や一般教養を学ぶことで教え方を学ぶ。そんなものだろうか。
- 学習の促進に教員が精通する必要のある分野は、教科内容の知識、クラスマネジメントの知識、一般的教育学の知識、カリキュラム構成と教材作成の知識、学習者の特性についての知識、教育目的、目標、価値とそれらの哲学的・歴史的背景に関する知識、コミュニケーション技術に関する知識
- 優れた教師になるための能力は、指導内容と目的の両方を理解する能力、授業をうまく組織・運営し、明確かつ快活に説明し、課題を出して評価し、質問や調査によって学生たちと効果的に交流し、彼らを賞賛・批判する能力、学生に学習結果をフィードバックし、成績評価のためのテストや評価を行う能力、教える教科について常に新しい理解を持って向上させる能力
イクストラクレジットという特別加点の課題を設けるというアイディアはよい
2008/12/04
潮木守一(2006)『大学再生への具体像』東信堂
本書は、人間潮木の半生を記したとも言える著作であるが、興味を引いたのはむしろ著者のデータから論を立てる鮮やかさである。
諸外国で高等教育の機会拡大を支えたのは、政府による公的支出であった。戦後社会の「社会的公平の実演」が課題であったためだ。しかし日本の高等教育拡大を資金的に支えたのは、政府ではなく、健気な親たちであった。日本の高等教育が恐れなければならないのは18歳人口の減少ではなく、健気な親の消滅である。
今、親と子の関係が変化してきている。すなわち、子どもは家の宝ではなく、家のお荷物になり始めている。子どもが老後の親の面倒を見ることに期待を持てない親たちは、自分の資産を子どもの教育に投資するか、老後の生活資金に充てるかの選択問題を迫られるようになった。これを筆者は、親子関係の市場経済化と呼び、背景に介護ケアの市場経済化を指摘する。
これをマクロにとらえると、国家予算をどれだけ高等教育へ投じ、どれだけ老人福祉に回すかを迫る選択問題でもある。欧州では、親世代が子どもをお荷物としか見ていないことに早くから気づき、高等教育の無償化を導入した。
生産性の向上は、少数者労働・多数者扶養の時代をもたらし、自由時間は若者に集中的に割り当てられた結果、若年者が労働から分離・隔離されることになった。そこに教育機会の均等化がもたらされると、当人のやる気が曝け出されることになる。教育が無条件によいものという考えを再考する必要がある。
いずれにしても大学はカリキュラム改革に乗り出すのだが、現職の教員の存在を危うくするカリキュラム改革は、果たして可能か?大学は学外のステークホルダーの意見に耳を傾けるべきといいながら、具体的なカリキュラムは教員でなければ考えられない。そして、その教員が改革の最大の抵抗勢力でもある。
これは、特定大学の博士課程で要請される大学教員の育成システムを変えなければ解決しない。腰掛けの教員ではなく、大学の発展に生涯をかける教員を自家養成する必要がある。
学問研究が一つの職業となったのは最近100年少しのこと。大学の使命は若者の教育であったが、研究というスリリングな上に、成果に対して社会的賞賛と報酬をもたらす活動の場となった時、矛盾が生じてしまった。
大学教員のキャリアは極めて特異で、それまで身につけようと思ったこともない思考様式や能力を突如発揮しなければならなくなり、キャリア形成上連続性を欠いたものである。
教育困難大学の現状がある以上、一つの解決策は第三者機関による共通教科書・統一試験による単位認定である。100点満点で算出し、どの得点以上を単位認定するかは、各大学が決めればよい。こうすることで、大学における教員、学生の行動インセンティブが大きく変わる。学部教育は18歳人口の半数が通う基礎教育であるから、基礎教育としての共通性が必要という考え方である。これで、社会に対する責任も果たせる。もちろん、それ以上の科目を提供したい大学は、すればよい。
最後に著者の提言を示すと、
諸外国で高等教育の機会拡大を支えたのは、政府による公的支出であった。戦後社会の「社会的公平の実演」が課題であったためだ。しかし日本の高等教育拡大を資金的に支えたのは、政府ではなく、健気な親たちであった。日本の高等教育が恐れなければならないのは18歳人口の減少ではなく、健気な親の消滅である。
今、親と子の関係が変化してきている。すなわち、子どもは家の宝ではなく、家のお荷物になり始めている。子どもが老後の親の面倒を見ることに期待を持てない親たちは、自分の資産を子どもの教育に投資するか、老後の生活資金に充てるかの選択問題を迫られるようになった。これを筆者は、親子関係の市場経済化と呼び、背景に介護ケアの市場経済化を指摘する。
これをマクロにとらえると、国家予算をどれだけ高等教育へ投じ、どれだけ老人福祉に回すかを迫る選択問題でもある。欧州では、親世代が子どもをお荷物としか見ていないことに早くから気づき、高等教育の無償化を導入した。
生産性の向上は、少数者労働・多数者扶養の時代をもたらし、自由時間は若者に集中的に割り当てられた結果、若年者が労働から分離・隔離されることになった。そこに教育機会の均等化がもたらされると、当人のやる気が曝け出されることになる。教育が無条件によいものという考えを再考する必要がある。
いずれにしても大学はカリキュラム改革に乗り出すのだが、現職の教員の存在を危うくするカリキュラム改革は、果たして可能か?大学は学外のステークホルダーの意見に耳を傾けるべきといいながら、具体的なカリキュラムは教員でなければ考えられない。そして、その教員が改革の最大の抵抗勢力でもある。
これは、特定大学の博士課程で要請される大学教員の育成システムを変えなければ解決しない。腰掛けの教員ではなく、大学の発展に生涯をかける教員を自家養成する必要がある。
学問研究が一つの職業となったのは最近100年少しのこと。大学の使命は若者の教育であったが、研究というスリリングな上に、成果に対して社会的賞賛と報酬をもたらす活動の場となった時、矛盾が生じてしまった。
大学教員のキャリアは極めて特異で、それまで身につけようと思ったこともない思考様式や能力を突如発揮しなければならなくなり、キャリア形成上連続性を欠いたものである。
教育困難大学の現状がある以上、一つの解決策は第三者機関による共通教科書・統一試験による単位認定である。100点満点で算出し、どの得点以上を単位認定するかは、各大学が決めればよい。こうすることで、大学における教員、学生の行動インセンティブが大きく変わる。学部教育は18歳人口の半数が通う基礎教育であるから、基礎教育としての共通性が必要という考え方である。これで、社会に対する責任も果たせる。もちろん、それ以上の科目を提供したい大学は、すればよい。
最後に著者の提言を示すと、
- 若くて優秀な教員を集めるために、現職者で人材誘致資金を拠出
- 共通教科書・共通問題を使った第三者による資格認定
- 教員は資格認定のコーチ役
- 学生は大学の授業を資格認定のための準備とする
- 大学評価より資格認定の整備を
- 教員は教える自由という幻想を捨てる
- 教員は大学を移動せよ
- 学生は、わかりやすい授業というものは存在しないことを知るべき
- 大衆化大学は教員の自前要請を
- 院生は生涯狭い専門で食える時代ではないことを知る
- 研究発表にITを活用せよ
- 研究費は授業料ではなく外から獲得すべき
- 職員は職務にプライドを持て
- 大学は学問の継承か職業教育かという問題のたて方自体が無意味
2008/12/02
吉田一郎・大西弘高(2004)『実践PBLテュートリアルガイド』南山堂
本書は、医学部におけるPBL教育の実践事例を紹介したものである。しかし、成人教育論を簡潔にまとめたものとしても大変優れた面を持っている。
以下の5点が、なぜPBLかの理由。(1)関連づけによる定着率(学習効率)の向上、(2)少人数グループ学習による対人関係教育、(3)将来働く現場に直結、(4)能動学習による生涯学習力の獲得、(5)成人学習論に合致。
Knouwlesの成人教育の5つの前提は、(1)自己概念:人間は成熟するにつれてその自己概念が依存的人格の自己概念から自己主導性を持った自己概念へと変わっていく、(2)過去の経験:成人は経験を蓄積させていくが、その経験が学習の豊かなりそーすになる、(3)学習へのレディネス:成人の学習へのレディネスはその成人の社会的役割をめぐる発達課題に密接に関わるものである、(4)学習の導入:人々が成熟するにつれて時間的概念に変化が現れる。将来的に知識を適用しようとする考え方から差し迫った場面に適用しようとする考え方への変化であり、成人は学習において教科中心的よりも問題解決中心的である、(5)成人は外的要因よりも内的要因によって学習への動機付けを得る。
社会的学習理論では、行動が個人要因(既得の知識・態度)、環境要因(他者のアドバイス、学習促進・阻害因子)、行動要因(学習活動)の3つの相互作用で決まる。社会的学習のプロセスは、注視(attention)、概念記憶(retention)、運動再生過程(motor reproduction process)、動機づけ過程(motivational process)。
自我は心的・内的エネルギー、自分は社会の中での位置づけ、自己は自らの心理的スクリーンに自分とはこういうものだと思い描かれているもの。
SDLは自己学習、自己主導型学習、自己決定学習と言われるが、医学教育では自己主導型学習というべき。
SDLの3つの立場は、(1)成人学習者が学習プロセスの中でSelf-diredtedになる能力を伸ばすことが学習の最終目標にある(Knowles)、(2)SDLの中核に認識変容学習をおくことを最終的に目指すべき(Mezirow)、(3)SDLに統合された解放のための学習と社会行動の促進を学習の最終目標とする(Freire)。2と3が自己決定学習(学習の社会的文脈を重視)、1が自己主導型学習。
PBLやSDLはポートフォリオ評価(=自己評価)がなじみやすい。
以下の5点が、なぜPBLかの理由。(1)関連づけによる定着率(学習効率)の向上、(2)少人数グループ学習による対人関係教育、(3)将来働く現場に直結、(4)能動学習による生涯学習力の獲得、(5)成人学習論に合致。
Knouwlesの成人教育の5つの前提は、(1)自己概念:人間は成熟するにつれてその自己概念が依存的人格の自己概念から自己主導性を持った自己概念へと変わっていく、(2)過去の経験:成人は経験を蓄積させていくが、その経験が学習の豊かなりそーすになる、(3)学習へのレディネス:成人の学習へのレディネスはその成人の社会的役割をめぐる発達課題に密接に関わるものである、(4)学習の導入:人々が成熟するにつれて時間的概念に変化が現れる。将来的に知識を適用しようとする考え方から差し迫った場面に適用しようとする考え方への変化であり、成人は学習において教科中心的よりも問題解決中心的である、(5)成人は外的要因よりも内的要因によって学習への動機付けを得る。
社会的学習理論では、行動が個人要因(既得の知識・態度)、環境要因(他者のアドバイス、学習促進・阻害因子)、行動要因(学習活動)の3つの相互作用で決まる。社会的学習のプロセスは、注視(attention)、概念記憶(retention)、運動再生過程(motor reproduction process)、動機づけ過程(motivational process)。
自我は心的・内的エネルギー、自分は社会の中での位置づけ、自己は自らの心理的スクリーンに自分とはこういうものだと思い描かれているもの。
SDLは自己学習、自己主導型学習、自己決定学習と言われるが、医学教育では自己主導型学習というべき。
SDLの3つの立場は、(1)成人学習者が学習プロセスの中でSelf-diredtedになる能力を伸ばすことが学習の最終目標にある(Knowles)、(2)SDLの中核に認識変容学習をおくことを最終的に目指すべき(Mezirow)、(3)SDLに統合された解放のための学習と社会行動の促進を学習の最終目標とする(Freire)。2と3が自己決定学習(学習の社会的文脈を重視)、1が自己主導型学習。
PBLやSDLはポートフォリオ評価(=自己評価)がなじみやすい。
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