- BSJの定義:被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でさえある有償の雇用の形態。雇用条件の一環として、被雇用者は、そうでないと取り繕わねばならないと感じている。
- BSJの種類:多くは5つの複合体
- 取り巻き(flunky):誰かを偉そうに見せたり、偉そうな気分を味わわせるために存在している仕事。ドアマンなど。
- 脅し屋(goons):その仕事が脅迫的な要素を持っている人間たち、だが決定的であるのは、その存在を他者の雇用に全面的に依存している人たち。ロビイスト、企業弁護士、広報専門家など。
- 尻拭い(duct tapes):組織の中に欠陥が存在しているためにその仕事が存在しているにすぎない被雇用者。手が回らない、予算が足りない、人を減らしたくない等により、あえて誰も修正しようとしなかったシステム上の欠陥の後始末。
- 書類穴埋め人(box tickers):ある組織が実際にはやっていないことをやっていると主張できるようにすることが、主要・唯一の存在理由であるような被雇用者。官僚主義的手続き、お役所仕事。
- タスクマスター(taskmasters):不要な上司、学部長など。自ら仕事をBSとは言わない。複雑な組織の中で実践されているマネジリアリズム・イデオロギー(経営管理主義)がBSJを生んでいる。
- 嘘をつくは、真理に対する配慮がある。ブルシットは、真実や事実はどうでもいい。その場をうまく丸め込む・論破する、自分をえらく見せる・知的に見せることが大切。
- タスク指向と時間指向(トムスン「時間、労働規律、産業資本主義」)
- 時計の発明+産業技術変化→時間を有効に使わなければならない→その変化の組織化、産業資本主義・近代国家の形成の促進
- タスク指向=資本主義モラル浸透以前の仕事のあり方、自ら労働生活を統制している
- 労働のパターンは、激しい労働と退場が交互に来る←ナチュラルな人間の労働のリズム
- 時間指向=自ら労働生活を統制しない=労働過程のイニシアティブを資本家が握る
- するべきことがなくても、いつも働いていなければならないという発想を生む
- 官僚主義的組織・科学的管理法の会社=労働者の動作をあらかじめ規定することで、機械の付属品に変える
- 合理的経済人の仮定は人類学が否定している:経済的動機だけで行動することは例外的
- 臨教審以降の教育政策は、通常の新自由主義(neo-liberalism)とは似て非なるものである(苅谷)
- 類似性:規制緩和、市場原理の導入、自己責任の強調
- 相違点:規制緩和が、キャッチアップ型近代化を主導した規制国家(≒開発国家)の統制を弱めることを意味する点
- →福祉国家=公教育予算の肥大化 ⇔ 現実=公教育予算の低劣 → 新自由主義のレトリックを用いて、あたかも肥大化しているから削減が必要という欺瞞
- 空気を読むのは日本独特ではない。労働のための労働、モラルとしての労働、苦痛がなければ労働でないという倒錯は、北欧州から生まれた。
- 日本の大学改革の問題はほとんど官僚制の問題(=上からの統制、管理の強化、ペーパーワークの増大、忖度、面従腹背)。
- 合理化の不条理:シラバスの例:先端的経営による効率性をうたう大学の方が、異様に複雑な管理チェック過程を持つ。
- →全面的官僚制化:社会が全面的に官僚制的論理に貫徹されていく事態
- 民間部門で形成されたものは、官僚制的手続きであることが見えにくい(PDCA等)。
- 競争は市場から生まれるのではなく、環境として構築される必要がある。新自由主義政策は、競争環境を人為的に構築し、その障害を解体する。こうした競争環境は、自由の増大と無関係=競争力をつけることが健全化とされ、それにより評価、監視、報告に参加させられ、ペーパーワークの増大をもたらす。
- 封建制とは、お上が民衆の生産物を掠奪し、それを取り巻きにばらまくこと(分配様式の一種)。
- SJ=割に合わない仕事。3K労働など。エッセンシャルでもある。エッセンシャルワーカーの7割が非大卒、女性や非白人も多い。実際、労働のかなりの部分は、ものの生産よりも、ものや人のケアの次元。
- 教員のストライキは常識的なのに、反感も強い。あいつらはやりがいのある仕事をしてそれなりの報酬をもらって、何を求めるのかという反感。
- Value=市場価値(価格メカニズムで客観的に決まるもの)、Values=価値観、諸価値(主観に属するもの)
- 新自由主義は経済理論のようでいて実は政治的プロジェクト。
- 経済が自律した現象として存立しうるのは、資本主義社会においてのみ。非資本主義社会では、生産、交換、貨幣の減少に、親族関係、宗教、政治が不可分に絡み、相互に浸透しあっている。