2023/01/30

鳥羽和久(2022)『君は君の人生の主役になれ』ちくまプリマー新書

  •  人は自分に対する内的イメージを持っており、自己同一性(自分が自分であるという一貫性の保持)に関わる。しかし、自分が不安定な土台の上に立っていることを知っているので、常に安定を求める。
  • 小5の哲学の授業:「どうして友達は大切のなのか?」
    • →実際は「友達が大切なのは当たり前として、どうして大切なのか?」という問い
    • →全員が友達は大切と発言(=担任の前提を崩す発言ができない)
    • →ゲストが大切と思わないと発言
    • →教室全体が友達は必ずしも大切ではないという空気に
  • この事例の問題
    • (1)担任の話し合いの方向付け(ディレクション)とゲストの問いの立て方に問題がある。
    • (2)子どもが自分の経験を大人の正解に寄せて話すことで、内容に説得力を持たせようとした(はじめにあった規範性が、ゲストによって別の規範性に切り替わった)。→いずれ子どもは自分を損なう(生きる実感より適応を優先させて自信を失う)
    • (3)周囲の目を過度に内面化して、それを自分の意見のように錯覚している。
  • 学校に行けない子どもに「何か問題がある?」「この子は自信が足りない」「自己肯定感が足りない」
    • →大人が問題を子どものせいにすると、子どもは大人が設定した問いの中でしか考えられなくなる。
  • 学校は教科以外の行事や人間関係を重すぎるために、学びに集中できない。学校から離れることで学力を上げる子どもはたくさんいる。
  • 授業が面白い先生は偶然を拾うのが上手。授業の肝を教え方と考えている先生は、わかりやすい先生になれてもその先がない。
  • 学びは一方がもう一方をむやみに信じ込む非対称な関係のもとでなければ成立し得ない。フラットな関係の先生にいい先生はいない。(子どもの場合と思われる)
  • 実社会という狭い現実を上位に置く教育では子どもは育たない。実社会の方が偉いと思っている大人は、規範的な価値観を教えることはできても、本質的な理想を語ることができない。
  • 「頑張れば成果が出る」=スタートラインが全員同じが前提。その方が評価側も都合がよい。公平性といういいわけで、それが正しいと思われている。この考え方は敗者(勉強ができない人)は努力が足りないからという偏った見方(=自己責任論)を招く。
  • ある高校の生徒会室の事例
    • マイノリティの人は、生まれ落ちた社会がデフォルトで自分用に作られていないと気づかされる経験をしている。それに気づかなくてすむからマジョリティ。認定ではなく、気づきと傷つきの経験。だから権利をもらっても解消されない。
    • 制服を選べるという権利を認めることで解決できるという人の軽さへの怒り。
    • 世間から善き人とされる人の実像は、献身的な善い行いの中にあるのではなく、迷いと揺らぎの中にしかない。
  • 子どもの不完全さが許せない親の反応は、大人になっても自分の不完全さが認められない未熟さの現れ。
  • 大人社会はごっこ遊びの延長。何者かを実装した瞬間から、誰もが芝居がかった平板な存在になり、言葉を失う。←自分の実在を深いところで肯定できない大人にとって、自分の問題について深く考えなくてよいメリットがある。→自分を子どものサポーターやある責務を全うすると思うことで、自分の物語を生きることから降りられる。
  • 差異による利益は詐欺と紙一重
    • 教育にお金を払う親は、将来に不安があるから。教育産業はそこにチャンスを見出している。不安をあおれば儲かる。
    • 子どもの将来のためを思う人もいるが、差異を利用して儲ける誘惑を作る資本主義構造に問題がある。これに気づいていない教育サービスの人は、詐欺になりやすい。
  • 人は自分の欲求にかなったストーリーを頭の中に練り上げることで生き延びようとする。自分にとっての現実を少しでも違ったものにしようとする。
    • 大人の自己本位なストーリーに子どもが巻き込まれてはいけない。
    • 親の子どもに対する悩みのほとんどは、子どもの現状が受け入れられないという叫びの言い換えに過ぎない。
  • 勉強をしなければならない理由はなく、勉強はしなくても生きていける
    • 勉強することに意味を持たせる条件は、勉強を通して自分自身が変化することを発見し、それによって世界の受容の仕方が変わり、自分を取り巻く人やものとの関係性も変わることを受容できること。
    • つまり、親や大人の思考から距離を取ることができる。
    • ただし、大人から自由になることは世間で生きやすくなることは意味せず、負担を感じやすい。だから多くの大人は安定・安心を求めて勉強しなくなる。
  • 方法的懐疑(デカルト):何でも疑う、疑う行為自体が自分を支える肝心なものだから。勉強を通して身につけるのは疑う姿勢。
  • 大人はなぜ子どもに将来の夢を聞くのか?→夢がある方が努力ができる、勉強ができるという発想があるから。
    • 目標達成には、人は言動の一貫性を求められる。その方が人間の記号的価値があがり、効率性が高まるから。しかし、人間らしさに関わるのは一貫性のなさ。