後半で大学での学び方を論じているが、教員から見た理想的な学生像を述べているにすぎない。そうした学びが成立しない大学は捨象されており、著者の論理の前提が、有名大学を出ることにあるからだろう。
高卒と大卒を比較するのは、大卒が希少であった時代の発想だろう。今や大卒者が増え、その中でも求職市場が分断している。また、そもそも高卒者と大卒者が異なる労働市場で求職しているのだから、大卒と高卒の賃金を比較した説明では弱い。逆にそうした説明をするくらいだから、高卒で就職するかとりあえず大学へ行くかを選択している学生をターゲットにするのか思ったが、そこで選択する大学は有名国立大学を前提にする。
冒頭の命題はある程度自明で、改めて説明する意味はない。むしろ、今日的な課題である、「なぜ名前も知られない崖っぷちの弱小大学であっても出ておきなさいと言われるのか」を論理的に説明しなければいけない。
以下、気づいた点のメモ。
- なりたいものからなれるものへのブレイクダウンは、社会人になるためにはあまりにも当然であり、必要不可欠な作業
- 何を学ぶかではなく、どう学ぶかという点を重視し、そのプロセスを着実に実行できることが社会人としての底力にもなり得る