- センスメイキング(意味付与):環境の変化を感知し,組織がもともと持っている解釈の枠組みだけでは正しく意味づけできないような新規の,予期されていない,混乱をきたす,または複雑な事象を個々人が理解しながら組織化していくプロセス。
- 事象を単純な因果関係で説明せず,複雑な事象を人々が俯瞰的に振り返り,組織社会的なコンテキストの中での自分の立ち位置を見出しながらその事象の自らにとっての意味を納得し,次になすべきことを考えるのに役立てる。
- センスメイキングの1つの結果として,特性7(尤もらしさ)によって生み出される「共同化された主観」がある。
- メンバーが主観的に事象を見つつも,変化する状況の中でその共同化された主観が刻々とアップデートされながら組織として整合性の取れた振る舞いをもたらす。
- センスメイキング資源:センスメイキングを行うために組織の中で利用可能な資源。
- 7つの特性ごとに,その発揮のための組織的な資源がなければならない。
- 7つの特性=アイデンティティ、振り返り、環境の成立、社会的コンテキスト、進行中、顕著な手掛かり、尤もらしさ。
- 組織が過去のデータを保持し,その正当な利用をメンバに認めているなら,組織は特性2(振り返り)を促す資源を提供してると捉える。
- より多くのセンスメイキング資源が利用可能であるほど,より効果的なセンスメイキングが起こりやすい。
- 組織におけるセンスメイキングの3プロセス:スキャン(データ収集)・解釈(意味付与)・学習(行動)
- アジリティ:環境の変化に俊敏に対応する組織の能力。
- ビッグデータ利用→センスメイキング資源増→アジリティ増の仮説が成り立つ(SEMで分析)
2020/03/27
細谷竜一・神岡太郎(2018)「センスメイキング理論に基づくビッグデータアナリティクス利用効果の実証モデル」『経営情報学会2018年春季全国研究発表大会要旨集』
2020/03/26
佐藤那央(2017)「相互主観的な視座からみたセンスメイキング」『組織学会大会論文集』
- Weickの組織化論:自然淘汰に準えた動的なプロセス(=組織化)
- ⇔ 組織を固定的な客体として認知。
- 組織化プロセス:ESRモデル
- Enactment:何らかの「変化」に気づいた成員が、それを囲い込み、環境を創造する。
- Selection:それによって切り取られた事象の多義性を削減していくことで意味が形成される。
- Retention:それが多義的な事象の説明の一つとして保持されていく。
- → 組織化=意識的な相互連結行動(interlocked behavior)を使って多義性(equivocality)を削減する際に用いられる総意として妥当性を確認した文法
- センスメイキングを実践する主体がどのような存在であるか、組織化に関する行為が彼らにとってどのような意味を持つかは議論されていない。
- 主体と環境が切り離され、外部から規定されたモデル。
- センスメイキングを通じた組織化は主体が単純に多義性を認識し、その縮減を試みる活動ではなく、組織成員間の相互主観的な事象として扱わなければならない。
- 主体が多義性を削減するセンスメイキングという行為そのものに意味がある。
2020/03/25
広田照幸(2019)『大学論を組み替える』名古屋大学出版会
- 改革を有害というためには、大学に関する規範論が必要。しかし、大学に関する理想・価値・規範についての考え方が関係者の間で不明瞭になり、改革を批判する論理を構築できていない。
- 現在の教育改革は、実現すべき究極の目標や価値を含んでいない空虚な改革、シニシズムに満ちた改革。
- 大学教育にコンピテンス育成を求める企業は、依然として専門的知識の修得を学生の求めているわけではない。以前よりも正課を求めるようになったが、それがコンピテンスである限り、具体的な中身を持つ専門的知識が要求されているわけではない。
- 達成水準を詳細に定めても、異なる文脈に置かれた学生のアウトカムの比較や同等性を保証することはできない。到達や達成に関する質は直接的には観察できないし測定もできない。課題への学生の反応といったエビデンスで推論するもの。つまり、達成は物理的な変数ではなく、曖昧な境界を観念である。また、量を伴うものとして使われる語は、解釈において伸縮性があり、文脈依存的である。
- 質保証を論じる人の多くが、価値中立的な技術論と考えているが、質保証が権力や権限の再配分を伴う政治的側面を持ち、それが第一線教員の消極・抵抗に結びついていることを考えるべき。
- カリキュラムの編成について同僚と議論し、特定の科目の要・不要を決める、授業内容をすりあわせて相互に関連づけた内容にする、修得されるスキルを想定しながら授業方法について意見交換することが、多くの教員にとって自分の専門職的自律性を脅かされる機会と受け止められかねない。
- カリキュラムを改善するという作業は、それ自体がミクロレベルでの政治的性格を持っている。
- 教員は、相互に議論しようにも当該分野の全体的な教育像が描けていないことが多く、話し合い自体が困難である。また、割拠性(特定分野の教員が1人しかいない)が、学生にとっての教育を話し合う際の障害として機能する。
- 教育の質改善で最も重要なのは、第一線教員が自由に意見交換すること、それを通じてカリキュラムや授業の問題点を緩やかに共有すること。→参照基準に目を通して、同僚と自由に意見交換する機会を作る。参照基準と現実の教育の距離について、同僚と考える。
- 大学は、卒業生の就職だけでなく、国家を越えた多様で複雑な課題や人類社会が直面する課題の解決に資する人間。
- 大学教育の評価が問題化してきた要因は、大衆化。大学は多すぎるのか、社会からの疑念がある以上、大学に相応しい教育を明確にし、それを提供していることを社会に責任を持つ必要がある。
- ともかく数字でという姿勢が、教育研究の現実を歪めたり改革努力を形骸化させる。
- 教育研究が本来的に持つ目標の二重性(高い理想の目標と実践的な目標)を理解せず、目標の達成を直接評価しようとするために形骸化が生じる。
- 現実の多様性を無視した不適切な形式的要件の要請と制度化が質保証を形骸化する。
- 評価は、強い統制機能を持っている。大学組織の多元性、教育観の多様性、部局や教員の自律性を無視して、一定方向の改善を外から押しつけることは困難。
- 2000年以降の大学改革は、(1)できるだけお金をかけず改革するため(財務省意向)、(2)大学間の競争やトップの戦略で改善を図り(経産省意向)、(3)改善のモデルを文科省が示して細かくチェックする(文科省意向)ことで徹底させるもの。教授会自治が滅んで国の大学統制が強化された。
- 2018年グランドデザイン答申で1箇所だけ大学の自治の重要性が指摘された箇所。
- 学問の自由および大学の自治とは、大学における学問の研究とその結果の発表および教授が自由かつ民主的に行われることを保証するため、教育研究に関する大学の自主性を尊重する制度と慣行であり、国際的にも高等教育の根幹を支える概念となっている。つまり憲法で保障されている学問の自由は大学と教員・研究者に蓄積された知識に基づいた研究と、その結果の発表と教授の自由であり、大学の自治はこれらの自由を保障するためのものである。教育研究の自由が保障されていることが、新しい知を生み出し、国力の源泉となる根幹を指させていることを再確認しておく必要がある。
- 大学は目的論的でない反省が制度化された唯一の制度である。何かの目標に従属した知ではなく、心理への関心自体が正当化されている場である(コーワン 2006)。
- 学問の自由はこれを保障するという条文は、大学で教えられる教育内容にも及ぶ(ポポロ事件判決)。
- Society5.0の問題:(1)多様な価値の選択をめぐる政治や民主主義が欠落している。市場と政府のみが社会を構成している。(2)人間観が単純すぎる。仕事での有用性を発揮する人間、私生活で快適さや快楽を追求する人間という中身の乏しい人間像。(3)教育観が単純すぎる。経済に有用なもののみが教育の中での価値を与えられている。
- ロボットが代替することが不可能なのは、人生に意味を見出すこと。
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