2011/11/04

シリーズ「大学評価を考える」第4巻編集委員会 (2011)『PDCAサイクル3つの誤読』大学評価学会


  • アメリカのアクレディテーションは,南北戦争後の人口急増に伴う高等教育機関の粗製濫造状況において,大学と呼べる教育水準の期間はどこかという問題がクローズアップされた19世紀後半に始められた。当初は,高大接続の問題を改善し,学期や入学基準などの共通化を図るための地域的な努力として中等教育機関を対象とするものであったが,1904年にアメリカからの留学生の急増とその質の格差に苦慮したベルリン大学が,AAU加盟大学の学士号を留学条件にしたことから,必要性が高まった。
  • ただし20世紀初期のアクレディテーションは,定性評価ではなく定量評価中心だった。それでは大学の多様性に対応できないことに気付いて,使命や目的に基づく質の評価へ転換していく(NCAが1936年に新基準を出したことが転換点)。これは到達目標の評価ではなく,インプットとプロセスの評価に重点を置くこと。
  • 少なくともアメリカでは,品質規格評価と大学評価を誤読することはなかった。学校教育で一斉授業における効率性と生産性を追求するPDSが普及することはあっても。
  • MBOは動機づけの手法。支配によるマネジメントをやめ,自己管理によるマネジメントを行うためだけに存在する。考課や処遇に連動させるために使うものではない。それは,低い目標で適当に流す行動をもたらす。現在のPDCAは方針管理でありノルマ管理であり,目標管理を誤用している。
  • 全体の目標とは,社長,工場長,事務主任など全ての目標が全体の目標であり,社長の目標が全体の目標ではない。つまり,上位目標を順次下位部門の目標に落とし込むことではない。これを誤ると目標管理の意味は完全に失われる。目標は部門ごとに立てられるもの。
  • これらを克服するために,目標がどこまで到達したかという成果志向の関係から,互いに議論を重ねて了解していく過程の中で,教育・研究が行われるようにしなければならない。
  • ちなみに3つの誤読とは,教育課程とものづくり過程の質の違い,PDCAサイクルの本質理解(プロセスの重視,多数のシステム開発,数値管理否定),目標管理の概念の3つの誤読を指す。
PDCAの誤用とMBOの解釈は,まさにその通りであるものの,ではどうするかという対案が薄弱。最後に対話・了解型評価を提案しているが,それは当たり前であって,具体的にどのような進め方が大学でふさわしいかを示さなければ,説得力がない。方法論の視点がない。